第41話「夏休み最後の通院日」

 水曜日、通院の日となった。

 今日もお母さんが車で送ってくれることになっている。私は身支度を整え車に乗り込む。いつもの道を三十分くらい走り、病院に着いた。

 受付で診察券を出すと、「前に三名お待ちになっております。しばらく待合室でお待ちください」と言われた。私とお母さんはソファーに座った。今日もオルゴールの音楽が心地よかった。


「小春、夏休みは調子がいいみたいね」

「う、うん、学校がやっぱりストレスだったんだなって……でも、周りには支えてくれる人もいるし、頑張ろうと思って」

「そうね、凌駕くんもいてくれるもんね。でも無理はしちゃダメよ」


 お母さんが笑った……って、は、恥ずかしいのだけど……。

 凌駕くんとお付き合いすることになったことは、両親にも伝えた。お母さんは喜んでくれて、お父さんは「こ、小春がお嫁に行ってしまう……」と、なんだか一人だけ気が早かったが、お母さんに叩かれて平静を取り戻していた。よ、よかったのかな……。


 しばらく待っていると、パタパタと大山さんがやって来た。


「小春ちゃん、おはようー」

「あ、おはようございます、今日もよろしくお願いします」

「こちらこそー。なんだか小春ちゃん、前よりさらにしっかりしてるような感じするね!? 調子がいいのかな?」

「あ、はい、やっぱり夏休みなのもあるのかなと思ってて……」

「うんうん、いいことだね! このまま心の波が小さくなってくれるといいね」


 大山さんが笑顔で言った。大山さんにもいつも支えてもらっている。感謝の気持ちでいっぱいだった。

 それからしばらくして、「小春ちゃん、診察室に入ってね」と言われたので、私は診察室のドアをノックしてから入った。


「おはようございます、小春さん。さぁ座ってください」

「おはようございます、失礼します」


 ゆっくりと椅子に座る。橘先生が笑顔で私を見ていた。


「さて、さっそくですが大山から聞いたところ、小春さんはここのところ調子がよかったみたいですね」

「は、はい、心と身体が重くなることも少なくて……やっぱり夏休みなのがいいのかなと思っているのですが」

「そうですね、ストレスの要因から離れられたというのは大きいでしょう。あ、学校がよくないと言っているわけではないですよ。小春さんにとって、今は距離を置くことがよかったということです」


 橘先生がカタカタとパソコンを操作した。私のことを書いているんだろうなと思った。


「は、はい……なんだか調子がよくて、このまま普通に戻れるかなぁと思っているのですが……」

「そうですね、それが一番いいです。ですが見えないストレスというのはこれからもたくさんあるでしょう。そのストレスがのしかかって来た時に、小春さんがどう対応するか、そこが大事ですね」


 たしかに、今は調子がいいとしても、また学校が始まった時、今のようないい状態が保てるかは分からない。ゆっくりと、慌てずにいこうと思った。


「……それと、小春さんの今の表情がとても素敵です。きっといいことがあったんだろうなと思いますが、心当たりはありますか?」


 橘先生にそう言われて、私はドキッとした。や、やはり橘先生は心が読めるのか……? いや、私が顔に出やすいだけなのかもしれない。


「……あ、そ、それが……いつも支えてもらっている男の子と、お、お付き合いを始めることになって……って、恥ずかしいですね……」


 い、言っていいのかと一瞬迷いながらも、私はつい話してしまった。顔が熱くなってきた……と思ったら、


「そうでしたか、それは素晴らしいですね。小春さんから幸せそうなオーラが出ていましたので、もしかしてとは思いましたが……あ、すみません、プライベートなことを聞いてしまって」


 と、橘先生が言った。


「い、いえ、私、どうも顔に出やすいみたいで……」

「それもいいことですよ。楽しいこと、嬉しいこと、幸せなこと、周りに気づいてもらえるというのは大事です。小春さんは大事なお友達がいると言っていましたね」

「は、はい、いつも支えてもらっていて……ありがたいです」

「これからも、周りの人に頼ってくださいね。私もその一人です。きちんとサポートしますので」

「あ、ありがとうございます」

「うん、言葉もハッキリと言えるようになってきました。いいことです。夜は眠れていますか?」

「あ、はい、寝付きもよくて、途中で目が覚めることもないです」

「それはよかったです、ただ睡眠薬はまだ使っていった方がいいでしょう。それもゆっくりと、使わなくてもいいようになりますので。焦らないようにしてくださいね」

「は、はい、分かりました」


 何事も焦らないことが大事だな、そう思った私だった。

 橘先生と次回の診察について話した。二週間後となると学校が始まっている頃だ。

 また学校が始まると、心と身体が落ちてしまうこともあるかもしれない。それでも私はこれからも強く生きていく。その気持ちを持てるようになったことが、自分でも嬉しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る