第42話「小さな春をつかまえて」

「お誕生日、おめでとぉー!」


 パチパチパチと拍手が鳴る中、私は目の前のローソクの火をふーっと息を吹いて消した。


 あれから時は過ぎ、今日は三月三日。私の誕生日だった。

 三月という春の季節に生まれたから小春……という名前になったと両親からは聞いている。その両親も笑顔だった。私の隣には涼子と凌駕くんもいる。今日はうちで私の誕生日会をしようということになっていたらしい。


 そのことも、実はギリギリまで私は知らなかった。涼子とお母さんが裏で動いていたらしい。学校で会った時には何も言っていなかったのにな……私は恥ずかしくなった。


「これで、小春も十六歳ね」

「うう、小春がこんなに大きくなって……お父さんは嬉しいよ……」


 そう言ったのは私の両親だ。お父さんとお母さんにも、この一年しっかりと支えてもらった。


「小春、おめでとう。私たちも嬉しいよ」

「おう、小春、おめでとう。本当によかったな」


 そう言ったのは涼子と凌駕くんだ。いつも私のそばにいてくれる二人は、今日も笑顔だった。


「あ、ありがとう……な、なんか恥ずかしいものがあるね……」


 そう言って俯くと、みんな笑った。

 あれから学校では松崎先生が動いてくれて、中等部出身の女の子たちからのいじめがなくなった。今はたまに挨拶する程度だ。

 ただ、それでも私の心と身体は不安定になることもあり、今も通院とお薬を続けている。「ゆっくりと治していきましょう」と橘先生が言っていたのは本当だったが、その中でも一年間頑張って学校に行けたことが嬉しかった。


 一時期は学校もやめようかと思っていた。それでも涼子と凌駕くん、両親、松崎先生と佐々木先生、橘先生と大山さんなど、周りの人に助けられてここまでやって来た。


 私は一人じゃない。みんながいてくれる。

 何度も救われた気持ちになる私は、幸せ者だ。


「そ、そうだ、凌駕くん、うちの小春はどうだい? お嫁にしたいと思ったかい?」

「え!? あ、その、まだ早いですが……その時まで一緒にいれるといいなと思っています……」

「こらお父さん、変なこと訊くんじゃないの。ごめんね凌駕くん、涼子ちゃんも一緒に、これからも小春の味方になってくれる?」

「はい! 私たちはずっと小春と一緒にいますので!」

「……あ、あのー……本人目の前にしてそんな話するんですか……?」


 う、うう、また恥ずかしくなってきた……俯いていると、またみんなが笑った。


「小春、よかったわね、みんなが小春のこと祝ってくれているわ」

「そうだよ、お、お父さんはもう少し小春のそばにいたいと思っているけど……」

「そ、そうだね……って、だ、大丈夫だよ、私はまだ高校一年生だよ、お嫁に行くには早すぎるよ……」

「あはは、でもさー、いつかは小春と凌駕が結婚するといいなーって思ってるよ。その時は結婚式に私も呼んでね」

「りょ、涼子まで何言ってるんだよ……でも、小春、ありがとう。小春がいてくれたから、俺も頑張れたよ」

「う、うん、私も……本当にありがとう」


 ありがとうの気持ち。

 

 これまでよく思ってきたその気持ちは、とても大事なもので、いいものだなと思った。

 たしかに私は病気になったかもしれない。それでも、芯を持って強く生きていく。その気持ちが大事なのだろう。


 世の中には私と同じように病気に苦しんでいる人もいるだろう。どうか自分を見失わず、前を向いて進んでいってほしい。

 そして、私は将来の夢ができた。大山さんみたいな明るい看護師になりたい。以前通院の時にそのことを大山さんに話したら、「ほんとー!? なんか嬉しいなぁ。小春ちゃんなら絶対大丈夫だよ、これからも勉強頑張ってね」と言われた。


 橘先生も、「無理をせずに、ゆっくりと小春さんのペースでいきましょう」といつも言ってくれている。私は橘先生の言う通り、これからも無理をせず、自分らしく生きていきたい。


「……お父さん、お母さん、涼子、凌駕くん、みんなありがとう……こんな私ですが、これからも頑張っていきます。たまに心も身体も落ちてしまう時もあるかもしれないけど、自分を受け入れて、ゆっくりと一歩ずつ前に進んでいきたいです……って、は、恥ずかしいねこんなこと言うの……」


 私がそう言うと、みんな笑顔になった。


「うん、お母さんも小春の味方だからね、あ、お父さんも」

「だ、だからついでのように言うのやめてよ、お母さん。お父さんも小春のそばにいるからね」

「小春、もうすぐ二年生になって、クラスが分かれてしまうかもしれないけど、私はいつでも小春の味方だからね」

「おう、俺もクラスが分かれても、ずっと小春のそばにいるよ。これからもよろしく」

「う、うん、なんかまた恥ずかしくなっちゃった……」


 私がそう言うと、またみんな笑った。


 相場小春。

 私は引っ込み思案で、おどおどしている。

 それでも、優しくて繊細な心を持つ、一人の女の子。


 私の中におとずれた『小さな春』を、私は大事にしたい。


 これからも、いつまでも、ずっと――。

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