第17話「佐々木先生という人」
ふと目が覚めると、ここはどこだろうと思ってしまった。ああ、保健室で寝ていたのかと頭が理解するのに少し時間がかかった。
時計を見ると、もうすぐ午後の授業が終わるころだった。昼休みからしばらく寝てしまったようだ。ゆっくりと起き上がる。動悸はだいぶ落ち着いてきたみたいだ。
「――あ、起きましたね、気分はどうですか?」
佐々木先生がやって来て話しかけてきた。
「あ、だいぶいいみたいです……私寝ちゃってた……」
「いいんですよ、ゆっくり寝ることも大事です。少し水を飲みましょうか」
そう言って佐々木先生が水を持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます……いただきます」
「ふふふ、落ち着いたならよかったです。それで、ちょっと小春さんの体調についてお話したいなと思っているのですが、大丈夫ですか?」
「は、はい……」
「きついと感じたら、話さなくていいですからね。心の病を抱えているとのことでしたが、病院の先生から診断名はお聞きしていますか?」
「は、はい……双極性障害と言われました」
「そうですか、躁状態と鬱状態がある病気ですね。ということは今は鬱状態が大きいみたいですね」
「は、はい……心の波が大きくて、下の方に来た時にちょっと停滞しやすいみたいで……」
「なるほど、小春さんの特徴かもしれませんね。うつ病という病気もありますが、元気な時もある……きっと学校に行けていることがずっと鬱状態ではないという先生のご判断なのでしょうね」
佐々木先生がニコッと笑った。さすが保健の先生、病気のことも詳しいのだろうか。
「は、はい、そんな感じで……」
「……きっと小春さんもきつい出来事があったから、病気になったと思いますが、心当たりはありますか?」
そう言われて、私はドキッとした。学校でいじめられている……そのことを話していいのだろうか。迷って何も言えないでいると、
「ああ、ごめんなさい、小春さんが話したくないと思えば、無理に話さなくて大丈夫ですよ」
と、佐々木先生は言った。しかし、橘先生も学校の先生に話してみないかと言っていた。優しくて女性の佐々木先生なら、なんだか話せそうな気がした。
「……あ、あの、私……実はクラスでいじめと思われるちょっかいをかけられていて……こうなったのもそれが原因かと……」
胸がドキドキしたが、動悸ほどのきつさはなかった。ついに学校の先生に話してしまった。どんな反応をされるかと思っていたら、
「……そうでしたか。きついお話をさせてしまいましたね。大丈夫です、学校には小春さんの味方もいますよ。私もその一人です」
と、佐々木先生は笑顔で言った。優しくて人気のある先生というのがよく分かった。橘先生のような話しやすさが雰囲気から伝わってきた。
「……あ、もうひとついいですか? そのこと、松崎先生には話しましたか?」
「い、いえ、話せなくて……もし松崎先生が動いて、その子たちから後でもっとひどいことされたら嫌だなって思ってしまって……話せませんでした……」
「そうでしたか、いいんですよ、気持ちはよく分かります。私もこのことは誰にも言いません。今はゆっくりと心と身体を休めてくださいね」
「あ、は、はい……ありがとうございます」
コンコン。
その時、保健室の扉がノックされる音が聞こえた。佐々木先生が「はい、どうぞ」と言うと、涼子と凌駕くんが入って来た。
「失礼します……あ、小春起きてたんだね、大丈夫?」
「あ、う、うん……ごめんね昼休みは、ありがとう」
「よかった、ちょっとは楽になったみたいだな。小春の鞄持ってきたよ。適当に詰め込んでしまったから、ちょっと嫌かもしれねぇが。すまん」
「う、ううん、ありがとう……大丈夫」
凌駕くんから鞄を受け取った。
「二人は小春さんのお友達ですね。小春さん、いいお友達がいますね」
「あ、はい……いつも支えてもらっていて……」
「ふふふ、大事なことですよ。同じクラスですか?」
「あ、一年三組の雨矢涼子といいます」
「あ、同じく一年三組の荒川凌駕といいます」
「そうでしたか、涼子さんに凌駕くん……小春さんと少しお話させてもらいました。病気のこと、いじめのこと……先ほども言った通り、私はこのことは誰にも言いません。小春さん、体調が落ち着いてからでいいので、松崎先生ともお話してみませんか?」
「あ、は、はい……そうします」
「しっかりしている小春さんなら、大丈夫ですよ。それと、絶対に無理はしないでください。きつい時はいつでもここに来てもらって大丈夫ですからね」
「は、はい……ありがとうございました」
「じゃあ小春、私と帰ろっか。先生、ありがとうございました」
「あ、俺も部活に行かないと。先生、ありがとうございました」
佐々木先生にお礼を言って、保健室を出た。少し気分が軽くなったのは、ゆっくり休んだことと、佐々木先生とお話させてもらったからだろう。きつくなったら保健室に行かせてもらおう。そう思っていた私だった。
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