第16話「体調の変化」

 昼休みになった。

 私はあれからなんとか平静を取り戻し、授業を受けることができた……のだが、時々胸の痛みがして心が重くなる。そのたびに胸を押さえていた。嫌なことをされたから仕方ないとはいえ、自分の無力さに悲しくなる。


「小春ー、一緒に食べよ」


 涼子がお弁当を持ってやって来た。隣には凌駕くんもいる。


「あ、うん……そこ座って」

「じゃあお邪魔して……っと。あ、小春のお弁当、可愛いねぇ。お母さんが作ってくれたの?」

「う、うん、今日は好きなものがたくさんある……」

「あはは、いいじゃんか。やっぱ俺ら高校生だから、しっかり食べないとな」


 凌駕くんもお弁当のようだ。大きな二段のお弁当箱に、ご飯もおかずもぎっしりと詰められていた。


「凌駕はさすが男の子だねぇ、運動してるからお腹空くでしょ」

「ああ、飯はたくさん食べてるな。身体作りも大事だからな」


 あれだけ動けば食べる量も多くなるよな、そんなこと思っていた私……だが、ご飯を食べていてだんだんと心が重くなってきた。まただ……私は胸を押さえた。


「……小春? もしかして苦しい?」

「……う、うん……動悸が止まらなくて……胸が苦しい……」


 そう言って、私はどんどん胸が苦しくなってきて、前かがみになった。思い出したくないのに、嫌なことばかり頭に浮かんでくる……どうして……と自分に問いかけるが、分からなかった。


「こ、小春、大丈夫か? やべぇな、半分くらいは食べてるけど、無理して食べない方がいいんじゃないか?」

「うんうん、無理はよくないよ。あ、保健室行こうか、ちょっとは落ち着くかもしれないし」

「そうだな、それがよさそうだ。小春、立てるか? 俺につかまっていいから、保健室まで歩けるか? 歩けなかったら俺がおんぶして行くが」

「……う、うん、歩ける……ごめん……」


 私は凌駕くんにつかまって立ち上がり、保健室まで歩いて行くことにした。保健室は一階の廊下の途中にある。なんだかそこまでの道のりが遠く感じた。


 なんとか保健室まで歩いてきて、涼子がコンコンと扉をノックした。中から「はい、どうぞ」という声が聞こえて、扉を開ける。


「すいません、友達が体調が悪いみたいで……」

「あらあら、それは大変。こっちまで歩けますか? ベッドに横になりましょう」


 バタバタと動いて用意をしてくれたのは、佐々木ささき春華はるか先生。保健の先生で、優しくて見た目も可愛らしいので生徒の人気もある。たしか三十代らしいが、年齢よりも幼く感じる。


 私は凌駕くんにつかまったまま、ベッドまで連れてきてもらった。ベッドに腰かけて、「横になってください」と佐々木先生に言われてゆっくりと横になった。布団をかけてもらって、ぼーっとみんなのことを見る。


「……すみません、ありがとうございます……」

「いいんですよ、ゆっくり休みましょう。ちょっと熱を測っておきましょうか」

「あ、あの、小春……この子なんですけど、小春は……実は心の病を持っていて、胸が苦しくなったみたいで……」

「……そうでしたか、分かりました。一応熱は測るとして、しばらくここにいた方がよさそうですね。小春さん……といいましたね」

「……あ、はい……一年三組の相場小春です……」


 自分の名前を言うのもやっとという感じだ。胸が苦しい……私はどうなってしまうのだろうかと不安でいっぱいだった。


「一年三組か、松崎先生のクラスですね。松崎先生には私から話しておきますから、小春さんはしばらくゆっくりしましょう。寝ても大丈夫ですよ」

「……小春、大丈夫だから。俺と涼子は戻るな。小春の荷物はまとめて後で持ってくるから」

「……うん、ありがとう……」

「うんうん、ゆっくり休んでね、先生、よろしくお願いします」


 涼子と凌駕くんがペコリとお辞儀をして、保健室を後にした。


「……熱はないようですね。胸はまだ苦しいですか?」

「……あ、は、はい……動悸がして、起きていられなくて……」

「そうですか、横になっていれば楽だと思いますよ。気分が悪くなったりしたらいつでも言ってくださいね」

「……は、はい、ありがとうございます……」

「大丈夫ですよ、ここは静かですから、動悸がおさまるのを待ちましょう。その後に、ちょっと私とお話させてもらえますか? 小春さんの体調のことについて」

「……は、はい……」


 その後、佐々木先生が電話をしていた。聞こえた内容から、相手は松崎先生だろう。しばらくここで休ませると言っていた。電話を終えて、佐々木先生はまた私の元へとやって来た。


「松崎先生には話しておきました。先ほどのお友達にも、松崎先生にも聞きましたが、心の病を抱えているのですね。お昼のお薬はありますか?」

「……あ、ポケットに入ってます……飲むの忘れてた……」

「じゃあお薬を飲んでおきましょうか、水持ってきますね」


 佐々木先生が水を持ってきてくれて、私はなんとか身体を起こしお薬を飲んだ。その後また横になる……意識が遠のいていくのが自分でも分かった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る