第13話「また動けない自分と恋と」

 金曜日、今日学校に行けば明日明後日は休み。さぁ頑張って行くぞ……と思っていたが、今日も朝から身体が動かない。まただ……私は布団の中で苦しくなってきた胸を押さえた。


 どうして、どうして、どうして……。

 頭の中に色々なことが浮かんでくる。そのほとんどは嫌な記憶だった。そしてますます気持ちが沈んでしまう。


 起きなきゃ、起きなきゃ……その気持ちに反して、身体は言うことを聞いてくれない。布団の中でうずくまっていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。「は、はい……」と言うと、お母さんが入って来た。


「小春、起きる時間だけど……まだ横になってるみたいね。きつい?」

「……う、うん……身体が動かない……」

「そっか、いいのよ無理しないで。学校には連絡しておくわね。本当はお薬あるからご飯は食べてほしいけど、食べれそう?」

「……ごめん、ありがとう……なんとかそれだけは……」


 お母さんが出て行った後、私は力を振り絞って起き上がった。心も身体も重い。でもお薬飲まないと……その気持ちでなんとかリビングへ行くことができた。

 リビングに行くと、お父さんがいた。あれ? 今日はのんびりしているみたいだけど、仕事はどうしたんだろうか。


「小春、おはよう」

「……お、おはよう……お父さん、お仕事は……?」

「ああ、今日はリモートワークだから、家にいるよ。たまにはのんびりな朝食もいいもんだね」


 そう言ってお父さんがあははと笑った。そうか、リモートワークだったか。私はテーブルに座って、お母さんが作ってくれたおかゆを一口いただく……熱いけど、美味しい。


「……小春、きつい時は無理していないようだね。お父さんとの約束、守れているようだね」

「う、うん……でも、今週は二日も休んじゃった……あんまり休むと、進級できないんじゃないかなって……」

「いいのよ、お母さんから松崎先生には話してあるわ。先生も『無理は絶対にさせないでください』って言ってくれていたわ。小春は今はそういうことを気にせずに、心と身体を休めることが大事よ」

「う、うん……そうする……」

「小春、お薬飲んでしばらく経つけど、そんなに体調は変わらないかな?」


 お父さんが私の目を見て言った。初めてメンタルクリニックに行った日から二週間ちょっと。お薬は橘先生が言ったとおりにきちんと飲んできたが、大きな変化があるようには思えなかった。


「う、うーん……動けて学校に行ける日もあれば、こうしてきつくて休む日もあって……そんなに大きくは変わらないかな……」

「そっか、院長先生はなにか言ってた?」

「あ、お、お薬は効くのにしばらく時間がかかるから、焦らないようにって……あと、それでも改善が見られなかったら、またお薬を考えましょうって……」

「そっか、お薬については院長先生にお任せした方がよさそうだね。小春は忘れずにお薬を飲むことが大事だね」

「う、うん……きついことを受け入れるのも大事なんじゃないかって、涼子や凌駕くんも言ってくれてて……そうだなって自分も思う……」

「うん、涼子ちゃんと凌駕くんの言う通りだね。小春もきつくて苦しいと思うけど、また元気になるから、慌てずにね」


 お父さんが笑顔で言った。うちは両親がこうして病気に理解があるというか、優しく接してくれるのがありがたいなと思った。もしかしたら親としても受け入れられないような家庭もあるのかな、そんなことを思っていた。


「小春、おかゆ食べたら薬飲んで、もうちょっと寝ておく? 寝てばかりもけっこうきついかなって思ったんだけど、どうかしら?」

「う、うーん、たしかに寝てばかりもきついから、ちょっと起きておくことにする……」

「うんうん、のんびりと本を読んだりするのもいいかもしれないよ。あ、そろそろお父さんはお仕事をしないといけないな、ちょっと籠ってくるよ」


 そう言ってお父さんは部屋へと行った。私はおかゆを食べてお薬を飲んだ後、お父さんが言うように読書をしてみようかと思い、タブレットを持ってきて電子書籍で小説を読むことにした。本を読むことは小さい頃から好きだった。物語の中に自分が入り込んで、その世界にまるで自分がいるような気持ちになって、心が休まる気がした。


(……いいなぁ、私もこんな恋をしてみたいなぁ。でも、こんな私じゃダメだよな……)


 今読んでいるのは恋愛小説だった。一人ぼっちの女の子に救いの手を差し伸べる男の子。ちょっとうらやましいなと思った。


(……こんなおどおどした私なんて、誰も好きになってくれないよね……いや、自分を変えて、もっと元気になったら、恋くらいしてもいいのかな……)


 そんなことを思いながら読み進める。もっときつい時は何もできず、ただ寝ているだけなので、今日はほんの少しだけ軽いのかなと思った。


 それにしても、恋……か。私も誰かを好きになったり、誰かに好きになってもらったりして……それが現実となるのも、そう遠くない未来だった。

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