第12話「橘先生からのアドバイス」
水曜日、通院の日がやって来た。
今日はお母さんに送ってもらうのではなく、電車で行ってみることにした。クリニックも駅の近くにあったので、なんだか行けそうな気がしたのだ。
「小春、一人で大丈夫? きつかったら休憩しなさいね」
「うん、大丈夫……行ってきます」
今日も診察が終わったら学校に行くつもりなので、制服姿だ。濃いえんじ色のブレザーで、リボンもえんじ色をベースに白色のラインが入っているうちの高校の制服は、このあたりでも可愛いと評判だった。私も気に入っている。
歩いて駅まで行って、電車に乗る。いつもは三駅隣の学校の最寄り駅で降りるが、今日はさらに先まで乗る。いつもとは違う外の景色に私はワクワクした。
病院の最寄り駅に着き、降りて改札をくぐる。梅雨真っただ中だが今日は薄い曇り空。私の心もこんな感じなのかなと思ってしまった。
病院に着き、診察券を出すと、受付の女性に「前に二名お待ちになっています。しばらく待合室でお待ちください」と言われた。待合室のソファーに座る。オルゴールの音楽はまた聴いたことある曲だ。なんだっけと思い出そうとしていたら、
「――小春ちゃん、おはよう」
と、声をかけられた。見ると大山さんがニコニコ笑顔でこちらを見ていた。
「あ、おはようございます。今日もよろしくお願いします……」
「うんうん、小春ちゃんはほんとにしっかりしてるねー。最初にここに来てから二週間が経ったけど、体調はどう?」
「うーん、動ける時もあれば、きつい時もあって……学校もお休みする日があって……」
「そっか、心の波がやっぱりあるみたいだね。きつい時はきついって言うんだよ。一か月くらいお薬飲んだら、採血させてね。お薬を飲んでいるから、定期的に身体の中を調べなきゃならないの」
大山さんが私の目を見て言った。なるほど、採血か……もう少し先だが、覚えておこうと思った。
大山さんと少し話して、しばらく待っていると、「小春ちゃん、診察室に入ってね」と言われた。私はいつものようにコンコンとノックをしてからドアを開ける。
「おはようございます、小春さん。さぁどうぞ、座ってください」
いつものように橘先生が笑顔で座るように促してくれた。私は「おはようございます、失礼します……」と言って座った。
「さて、小春さんの体調ですが、大山から聞いたところによると、動ける時と動けない時があったみたいですね」
「あ、はい……学校もお休みする日があって……」
「そうでしたか、いいんですよ。学校は行ける時で大丈夫です。お薬を飲み始めて二週間ですから、そろそろお薬の効果が出てくる頃だと思います。それでもし改善が見られないようでしたら、またお薬を考えましょう」
橘先生がカタカタとパソコンを操作している。毎回思うが、橘先生は何歳くらいなんだろう……落ち着いているからそこそこ上の年齢だとは思うが……。
「……そうだ、小春さん、学校の先生には病気のこと、話してありますか?」
橘先生が手を止めて訊いてきた。先日松崎先生と話した時のことを思い出した。
「あ、はい……母からも伝えてあって、私も少し話しました……でも」
私はそこで言葉に詰まってしまった。いじめのことを話さなきゃ……でも、心が苦しい。右手で胸を押さえた。
「小春さん、大丈夫ですよ、ゆっくりと呼吸しましょう。きついことは話すのもきついでしょう。今日全部を話す必要はありませんよ」
橘先生が私の目を見てゆっくりと言った。こうやって無理に話をさせようとしないのが橘先生だが、ここはちゃんと話しておこうと思って、
「……あ、あの、学校でいじめられていること、担任の先生には話せませんでした……その、後でもっとひどいことされる気がして……」
と、言った。
「……そうですか、小春さんはとてもきつい思いをされてきたと思います。話せなかった小春さんの気持ち、よく分かります。実は私も小さい頃、いじめられたことがありまして。その時は大人に言えませんでした」
橘先生がちょっと遠くを見た。なんと、橘先生も私と似たような経験をしていたのか。私は「そ、そうでしたか……」と言った。
「まぁ私は心と身体の調子が悪くなる前に、引っ越しをしたものですから、その後はよかったんですけどね。小春さんはなかなか逃げられない環境にいると思います。日本の教育環境の弱点がそこですね」
そう言って橘先生がまたパソコンを操作した。
「もっとひどいことをされるかもしれないという気持ち、よく分かります。ですがこのままだと現状が変わりません。小春さんの話せるタイミングでかまいませんので、先生に話してみませんか? ただ、絶対に無理はしないこと。心がずしんと重い時は、先送りしましょう」
「は、はい……」
やはり橘先生は、なんでも私に無理をさせない。ただ、橘先生が言うことも一理あるなと思った。このままだと何も変わらない。私のタイミングで、いつか松崎先生に話してみようかなと思った。
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