第11話「松崎先生という人」
「相場、申し訳ないんだが、今日の放課後、職員室に来てくれるか?」
三時間目の地理の授業が終わった後、先生が私にそう言ってきた。
私は何かをしてしまったのだろうかと思ったが、最近学校を休む日もあるし、きっとそのことだよなと思い直した。松崎先生なら私の病気のことを話しても大丈夫だろう。
放課後になり、私は涼子に「職員室に行ってくる」と伝えて職員室へ向かった。職員室は二階の一番奥にある。私はふーっと息を吐いて、職員室のドアを開けた。
「し、失礼します。松崎先生はいらっしゃいま――」
「――おー相場、こっちこっち、入ってきてくれ」
職員室の真ん中の方で、松崎先生が手を挙げている。私はもう一度「し、失礼します」と言って松崎先生のもとへと行った。
「すまんな、わざわざ来てもらって。そこ座ってくれ」
「あ、は、はい……失礼します」
私はちらりと松崎先生の机を見る。本や資料がたくさん積み重なっていて、地震が来たら大変なことになりそうだなと思った。
「……あ、これはあんまり見ないでくれ、俺は片づけが苦手でな……あはは」
「あ、す、すみません……」
「いやいや、注意してるわけじゃないよ。ああすまん、来てもらったのは相場の体調の話でな……実はお母さんから少し聞いたんだ。病院に通ってるらしいな」
「あ、はい……ちょっと前から……」
「そうか、ちょくちょく学校も休んでいるから、気になっていたんだ。今は体調大丈夫か?」
「は、はい……学校に行けるくらいは……あ、でもたまに朝から動けなかったりして……」
「そうか、無理するなよ。無理して学校に来てさらに病状が悪化してはいけない。休みたい時は休んでいいからな」
学校の先生がそう言っていいのかなと思ったが、何も言わないでおこうと思った。
「は、はい……ありがとうございます」
「……実は、お母さんから病状も少し聞いたんだ。心の病らしいな」
「は、はい……」
「もしかして、相場が一人で何かを抱え込んでいるんじゃないかと思ってな。クラスで嫌なこととか、誰にも言えないこととかないか?」
松崎先生にそう言われて、私はドキッとした。中等部出身の女の子たちにいじめと思われるちょっかいをかけられている……そう言いかけて、私はごくりと唾を飲み込むのと同時に、言うのをやめておいた。
本当は言った方がいいということは分かっている。分かっているのだが、これで松崎先生が動いて、あの子たちに注意をしたとする。しかしその後あの子たちからさらにひどい扱いを受けないかと、私はそれが怖かった。
「……あ、いえ、友達が私のこと気にかけてくれて、話しているから、抱え込んでいるということはないかと……」
私はそんな感じではぐらかした。嘘は言っていない。涼子や凌駕くんには話しているし、気にかけてもらっているのも事実だ。
「……そうか。そういえば雨矢や荒川と仲が良かったな。よく三人でいるところを見るよ」
「そ、そうですね、二人にはよくしてもらっていて……」
「ああ、二人がいるなら、大丈夫かな。でも、一人で抱え込んではいけないからな。何かあったらすぐに言うんだぞ」
「は、はい……ありがとうございます」
「何度も言うが、無理をするのが一番よくないからな。もしまた休む時は、お母さんともお話をさせてもらうよ。相場は相場らしく、一歩ずつゆっくりと前に進んでくれな」
「は、はい、ありがとうございます……」
私はお礼を言って、職員室を後にした。松崎先生にいじめられていることは言えなかった……これでいいのかなと、不安になってしまった。
そんなことを思いながら教室に戻ると、なんと涼子がぽつんと一人で外を眺めていた。
「あ、あれ? 涼子? 帰ってなかったの……?」
「ああ、小春来た来た。うん、職員室行くって言ってたから気になってね、一緒に帰ろっか」
「うん、帰ろっか」
鞄を持って、学校を出て駅まで歩いて行く。
「……小春、もしかして先生に病気のこと訊かれた……?」
「あ、うん、ちょっと訊かれた……無理はしちゃいけないって言われたかな……」
「そっか、うん、私も同じ気持ちだよ。無理するのが一番よくない……って、私いつも言ってるね」
「あはは、ありがとう……でも、あの子たちに色々言われていることは言えなかった……なんか、もっとひどくなったら嫌だなって思っちゃった……」
「……そっか、気にしなくていいよ。小春は私や凌駕が守るからね、任せておいて!」
そう言って涼子が力こぶを作った。私はつい笑ってしまった。
「そうそう、小春は笑顔が可愛いんだからさ、もっと笑顔になってもらわないと」
「そ、そっか、なんか恥ずかしいな……」
松崎先生に本当のことは言えなかったけど、私には涼子や凌駕くんがいてくれる。それだけでもいい。しっかりと前を向いていこうと思った。
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