第38話「勉強と小春の決意」

 夏休みのある日、私は学校へ行くことにした。夏休みの課題を学校でやってみようと思ったからだ。


 きつい日もあるが、こうして動ける時にはなんとか動いておきたい。そして学校から離れすぎて、夏休み明けに学校に行けなくなるのが怖いので、たまには心と身体を慣れさせるのもいいのではないかと思った。


 学校に行くので制服を着る。こんな感じだったっけと一瞬戸惑うのはみんな同じだろうか。そんなことを思いながら家を出て、電車に乗る。いつもの窓からの景色をぼーっと眺めていた。


 学校の最寄り駅に着き、学校まで歩いて行く。外はよく晴れていて、今日も暑くなりそうだった。学校に着くと、生徒の声が聞こえた。部活があっているのかな、もしかしたら凌駕くんもまた頑張っているかもしれないなと思った。


 私は教室ではなく、図書室に行くことにした。たぶんないと思うが、もし中等部出身の女の子たちが教室にいたら嫌だなと思った。危険は回避しておく方がいい。またきつくなったら大変だ。


 図書室はエアコンがきいていて涼しかった。私の他にも生徒が何人かいて、みんな勉強をしているみたいだ。私も席について勉強をする。夏休みといえば課題が出るものだ。あまり楽しいものではないが、仕方ない。


(……涼子や凌駕くんは、課題終わったかな……また三人で勉強するのもいいのかもしれないなぁ)


 そんなことを思いながらしばらく勉強した。私はうーんと伸びをして、ちょっと休憩……ということで、自販機で飲み物を買おうと思って、一階の自販機へと行く。やはり夏休みでも学校に来ている人がいて、何人かとすれ違った。


 自販機で何を買おうかと、じっと見て迷っていると、


「――あれ? 小春?」


 と、私を呼ぶ声がした。あれ? と思って見ると、凌駕くんがいた。制服ではなく、ユニフォーム姿だ。やはり部活があっていたようだ。


「あ、あれ? 凌駕くん、部活だったんだね……」

「ああ、今日も元気に部活……なんだけど、まさか小春がいるとは思わなかったよ。どうしたんだ?」

「あ、夏休みの課題やろうと思って、たまには学校でやるのもいいのかなって……図書室で勉強してたよ」

「そっか、小春は偉いな……って、しまった、課題の存在をすっかり忘れていたよ……俺もやらないとなぁ」

「あ、あはは、また涼子と三人で勉強する?」

「ああ、それがいいかもしれないな。涼子に野球バカって言われないようにしないと」


 凌駕くんが頭をかいていた。恥ずかしかったのだろうか。めずらしい凌駕くんの姿を見て、私は笑ってしまった。


「……小春の笑顔見てると、なんだか安心するよ」


 凌駕くんが自販機にお金を入れて、ボタンを押した。ガランゴロンと音を立てて出てきたのは、スポーツドリンクだった。凌駕くんはそれをくいっと飲む。


「……あ、そ、そうかな、私も今はちょっと調子がいいみたいで……あはは」

「そっか、調子がいいのならよかったな。きつそうな小春を見ちゃうと、俺も心が苦しくなるっていうかさ。なんとかしてあげたいって思っちゃうんだよな」


 その時、私は凌駕くんがうちに来た、あの時のことを思い出してしまった。凌駕くんに抱きしめられて、心と身体があたたかくなった、あの時のことを……。


 ……私は凌駕くんに恋をしている。


 もしかしたら、いやおそらく私の片思いだろう。私の気持ちは言わない方がいいのかもしれない。それでも私は――


「……あ、あの、凌駕くん」


 私は話をさえぎって、凌駕くんのことを呼んだ。凌駕くんは「ん? どした?」と、不思議そうな顔をしている。


「……あ、よ、よかったら、今日、一緒に帰らないかな……? 私、部活終わるまで勉強してるから……」


 ぽつぽつと、小さな声で話した。私は恥ずかしくなって凌駕くんの顔が見れなくなってしまった。こういうところも自分の消極的な性格が出ているな……と思っていたら、そっと頭を触られた。凌駕くんの手だった。


「分かった、図書室で勉強してるんだったな、部活終わったら行くから、待っててくれるか?」

「あ、う、うん……」

「……よし、俺も部活頑張らないとな。なんか小春がいるって思うと、頑張れそうな気がするよ」

「そ、そっか……もう少し、頑張ってね……」

「おう、ありがとう。あ、そろそろ俺は戻るわ。じゃあまた後で」


 凌駕くんが手を振ってグラウンドの方へ走っていった。私はその姿を見えなくなるまでぼーっと見ていた。


(……わ、私、思わず一緒に帰れないかとか言っちゃったけど、よかったのかな……でも)


 私はきゅっと胸がしまるような、不思議な感覚になっていた。これは何だろうかと一瞬思ったが、凌駕くんの姿を見て、はっきりと分かったことがある。それは――


(……私は、やっぱり凌駕くんが好きだ……その気持ちを伝えたい。たとえダメだったとしてもいい。だから……)


 そう思いながら、ぎゅっとこぶしを握った。私の決意の表れみたいなものだろう。

 夏の青空を見て、心が吸い込まれそうな感じがした。

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