第39話「小春の想いは」
凌駕くんと別れた後、私は図書室に戻ってまた勉強をしていた。
……が、だんだん凌駕くんのことが頭から離れなくなり、そっとペンを置いてうーんと背伸びをした。
(……ダメだな、凌駕くんのことで頭がいっぱいになってる……本でも読むようにしようかな……)
私は本棚の方へ行って、一冊の本を持って席に座った。現代ドラマのようなその本は、人々の感情や想いがストレートに表現されている。いいものだなと思った。
(……病気になったとしても、一生懸命頑張っている人もいるんだよね……私も負けないようにしないとな……)
そう思った後、胸がきゅっと締まるような、不思議な感覚になっていた。まただ……でも、これはなんとなく分かる。私は――
その時、ぽんぽんと肩を叩かれた。見ると凌駕くんがいた。あ、あれ? もう部活は終わったのだろうか。
「……あ、も、もう終わったの?」
「ああ、終わって着替えて、すぐにここに来たよ。勉強してたんじゃないのか?」
「あ、な、なんか集中できなくて、途中から本読んでた……」
「そっか、まぁいいんじゃねぇか。あ、帰るか?」
「あ、うん、片付けるね」
私は慌ててペンやテキストを鞄にしまった。凌駕くんと図書室を出て、一階に行き靴を履き替えた。学校を出て二人で歩いて行く。
……が、私は緊張していてうまく話しかけられずにいた。な、何か話さないと不自然だよな……と思っていると、
「……やっぱ小春は、調子がいいみたいだな、よかったよ」
と、凌駕くんが話しかけてきた。
「あ、うん……私も嬉しいというか、夏休みになってよかったなって」
「そうだな、しばらくゆっくりして、また元気に学校行こうぜ。涼子も俺も、小春に会えると嬉しいよ」
凌駕くんがニコッと笑った。その笑顔を見て、私は、私は――
「……あ、あの、凌駕くん」
私はそう言って、歩みを止めた。胸がドキドキする……でも、このドキドキは動悸とは違う。自分でも分かっていた。
「ん? どした?」
凌駕くんも歩みを止めて私の方を見る。は、恥ずかしい気持ちもあるが、ここは勇気を出して言わないと――
「……あ、あのね、聞いてもらいたいことが、あるの……」
少し小さな声で、私は言った。蝉の声が、車の音が、電車の音が、いつもより大きく聞こえる……それと同時に、私の心臓の音も聞こえている気がした。
「……あ、あの、私、凌駕くんのことが、好きです……こんな病気を持った子に好かれるなんて、嫌かもしれないけど……その、よかったら、お付き合いしてもらえませんか……?」
震える声で、なんとか言い切った。凌駕くんの顔が見れず、私は下を向いた。緊張と恥ずかしさみたいなものがあった。凌駕くんは今どんな顔をしているんだろう。こんな私に好きって言われて、嫌だったのではないかな……そんなことを思っていると、
「……小春、顔を上げてくれるか?」
という声が聞こえてきた。私がおそるおそる顔を上げると、笑顔の凌駕くんがいた。
「……ありがとう。小春が俺のことを想っていてくれたなんて、知らなかった。でも、勇気を出して言ってくれたんだよな。めっちゃ嬉しいよ」
凌駕くんはそう言った後、ゆっくりと私に近づいて来て――
「りょ、凌駕く――」
「……俺も、小春が好きだ。いや、大好きだ。これは友達としてじゃない。相場小春という一人の人間を、心から好きなんだ。だから、こんな俺でよかったら、お付き合いしてください」
ぎゅっと私のことを抱きしめて、そう言った凌駕くん。
……え、い、今、好きって……?
「……あ、す、すまん、思わず抱きしめてしまった……小春、ほんとにありがとな」
「……あ、そ、その……こんな私で、いいの……?」
「もちろん。小春がいいんだ。優しくて、繊細で、笑顔が可愛い小春が好きなんだ」
「……で、でも、私、病気があって……」
「そんなの関係ないよ。恋をするのは自由だろ。小春が元気になるその日まで、いやその後もずっと、俺は小春のそばにいたいんだ」
「……あ、ありがとう……嬉しい……」
そこまで話して、うるっと目に涙が浮かんできた。あ、あれ? なんで泣いているんだろう……恥ずかしくなって顔を手で覆うと、頭を触られた。凌駕くんの大きな手だ。
「……ご、ごめん、なんか涙が……とまらない……」
「いいよ、小春も緊張してたんだろ。泣きたい時は泣いていいんだよ。小春はほんと頑張り屋さんで、優しくて……あ、小春が泣いているの見ると、俺もうるっときちゃうな」
「……あ、ご、ごめん……笑顔でいないとね……」
私は凌駕くんの顔を見た。鼻が高くて、男らしい顔の凌駕くん。ドキドキしてしまうこの気持ちは、やはり動悸ではない。凌駕くんのことを想ってのドキドキだった。
凌駕くんが手を差し出してきた。私はその手をそっと握った。私より大きくて、あたたかい手……凌駕くんのぬくもりに触れることができて、私は嬉しかった。
二人で手をつないで帰る。この時間がずっと続けばいいのになと思っていた。
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