第22話「明るくなった自分」
週が変わり、また平日だ。
私はなんだか調子がいいみたいで、ここ数日学校に行くことができていた。心も身体も重くないのは本当に嬉しい。どこかふわふわした感じもするが、やはりこれが橘先生の言う躁状態ということなのだろうか。
橘先生も、そういう時は一旦立ち止まって、周りをよく見るようにと言っていた。今のところ人に迷惑をかけるようなことはしていないと思うが、気をつけておこう。
今日も午前中の授業が終わった。そういえばテストが返ってきたが、私はまあまあの結果だった。まぁめちゃくちゃ勉強ができるわけでもないし、橘先生も自分のペースで頑張って、頑張った自分をほめることが大事だと言っていたので、自分をほめてあげようと思った。
「小春ー、一緒に食べよー」
涼子がお弁当を持ってやって来た。隣には凌駕くんもいる。
「あ、うん、そこ座って」
「じゃあまたおじゃまして……っと。あ、小春は今日もなんだか可愛らしいお弁当だねぇ」
「うん、お母さんが作ってくれて」
「あはは、いいことだな。じゃあ俺もいただきます……っと」
凌駕くんが大きなお弁当箱を開ける。いつものようにご飯とおかずがみっちりと詰まっていた。
「凌駕は二時間目の終わりにも何か食べてなかった?」
「ああ、朝練してお腹空いたからおにぎり食べたよ。やっぱ運動すると腹減るんでな」
「すごいね、さすが野球部って感じ」
「うんうん、さすが男の子だねぇ。それにしても小春、最近調子がいいのかな、なんか笑顔も増えて、言葉もハッキリと言えるようになったっていうかさー」
「ああ、俺もそう思ってたぜ。なんか明るくなったよな。調子が上向きってことなのかな」
涼子と凌駕くんが嬉しそうに言った。そっか、二人にもそう見えるのか。
「うん、なんか心も身体も軽くて、嬉しいというか」
「そっかそっかー、いいことだよねー。お薬の効果が出てきたのかな」
「そうかもしれないね。クリニックの先生はお薬が効くのにしばらくかかるから、慌てないようにって言ってたけど……」
「そっか、いいことだな。小春が明るいとなんか嬉しくなるっつーか」
「ほんとほんとー、あ、でも躁状態ってこともありえるんだよね? 気をつけておかないといけないかもしれないねー」
涼子の言葉を聞いて、私ももう一度躁状態のことを思い出した。なんでもできそうな気分になって、実行しがちだと。先日休みの日に出かけたのもその一つかもしれない。幸い大山さんに会ったくらいで、無理なことはしていないと思うが……。
「う、うん、急に気になったんだけど、二人には迷惑をかけてない……よね……?」
「大丈夫だよー、迷惑なんてかけてないよ。ていうか迷惑だなんて思ってないしさ。ああ、愛しの小春がこんなに元気になって、私は嬉しいよー」
「おう、俺も迷惑だなんて思ってないぞ。やっぱ小春が元気なのは嬉しくなるよ」
「あ、ありがとう、そう言われると恥ずかしいな……」
急に顔が熱くなってきたのは、恥ずかしさがあるからだろう。ちょっと俯くと、二人が笑っていた。
でも、心と身体が重い時は、嫌なことばかりが頭に浮かんで、動悸もして呼吸も辛くなって、かなりきつい思いをしていたから、今こうして元気だということは本当に嬉しかった。
「なんか、元気になったら視界が開けたというか、周りが明るい感じがして、ふわふわとどこか浮いたような感じになっているんだけど、それでもやっぱりきつくないのが嬉しいな……」
私はつい本音が出た。涼子と凌駕くんを見ると、うんうんと笑顔でうなずいていた。
「うんうん、もしかしたらまたきつい時があるかもしれないけどさ、今こうして楽になっているっていうのは、とてもいいことだと思うよー」
「そうだな、過去や未来を考えるのも悪くはないんだけど、俺らは『今』を生きてるからな。今を楽しく過ごしていった方がいいんじゃねぇかな」
二人の言葉が胸に響いた。たしかに『今』を生きているのだ。今をしっかりと楽しむこと。それも大事なことかもしれない。今度橘先生に話してみようかなと思った。
「そういえば、凌駕は今、夏の大会があってるんだよね? 勝ってるの?」
「ああ、この前試合があって、勝つことができたよ。まぁ俺は一年だからスタメンではないんだけど、ベンチには入れてもらってるよ」
「そっか、凌駕くんってすごいんだね……先輩もいるのに、ベンチ入りだなんて」
「あはは、まぁ大したことはないよ。でもチーム内で競争はあるから、これからも頑張っていかないといけないけどな」
「へぇー、すごいねぇ。まぁ身体の大きな凌駕なら、バットごとぶっ飛ばしそうだよね」
「い、いや、それはさすがにまずいかと……まぁ、公式戦でホームランは打ってみたいな」
いつか凌駕くんの練習を見たのを思い出した。面白いようにボールが遠くまで飛んで行って、すごいなと思っていた。
調子は上向きになったみたいだし、また凌駕くんが練習する姿を見たいな、そう思っていた私だった。
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