第23話「男の子のぬくもり」
あと少しで今週も終わる……そう思っていた木曜日、私は朝から心と身体がずしんと重く、動けずにいた。
またか……胸を手で押さえる。動悸が止まらない。せっかく最近調子がよかっただけに、自分の体調に悲しくなる。
なぜ、なぜ……と考えていても仕方ない。私はなんとか力を入れて起き上がり、フラフラとリビングへ行く。キッチンにお母さんがいた。お父さんはもう仕事に行ったのだろうか。
「あら、小春おはよう……って、なんかきつそうね、大丈夫?」
「……う、うん……心と身体が重いっていうか……動悸がすごい……」
「それは大変、無理せずゆっくりしなさい。学校は休みましょうか、連絡しておくわね」
「……う、うん、ありがとう……朝ご飯は食べなきゃと思って……」
「そう、小春は偉いわね。朝ご飯できてるから食べて、お薬飲まなきゃね」
お母さんがパンとスープを持ってきてくれた。私はありがたくいただく。
それにしても、どうしてまた急にきつくなってしまったのか。ここのところ調子は上向きで、よかったなと思っていたのにな……これも躁状態と鬱状態の繰り返しというやつだろうか。そんなことを食べながら思っていた。
「……よし、高校には連絡しておいたわ。松崎先生も『無理はさせないでください』と言ってくれたわ。優しい先生でよかったわね」
「……あ、ありがとう……」
私は松崎先生のことを思い出した。佐々木先生にはいじめのことを話したが、松崎先生にはまだだ……今は無理だが、そのうち話ができるといいなと思った。
朝ご飯を食べて、お薬を飲んで、しばらくぼーっとしていたが、やはり胸が苦しい。私はお母さんに「ちょっと部屋で寝てくる」と伝えて、部屋に行った。ベッドに横になり、ぼんやりと涼子や凌駕くんのことを思い出していた。
(また二人には心配かけちゃったかな……私の調子が上向きで、二人も嬉しそうだったのにな……)
そう思った後、目を閉じた。
* * *
ふと目が覚めると、辺りが暗くなってきていることに気がついた。かなり長いこと寝ていたようだ。きつい時は寝ることしかできず、自分がもどかしいが、これも心と身体を休めるためだ、仕方ないと思うようにした。
身体を起こし、少し伸びをする。動悸は少し残っているが、朝ほどのきつさはない。ゆっくり寝たのがよかったのかもしれない。
ピンポーン。
その時、インターホンが鳴った。誰だろうか。お母さんの話し声が聞こえる……と思ったら、こちらに歩いてくる足音がして、コンコンと部屋の扉がノックされた。「は、はい」と言うと、お母さんが入って来た。
「あ、小春起きてたのね、凌駕くんが来てるわよ。会えそう?」
「あ、うん、上がってもらってもいいかな……」
お母さんがまた玄関に行った後、入れ替わるようにして凌駕くんが私の部屋に入って来た。
「小春、体調はどうだ? 今日は休みって聞いて、気になって来てみたよ」
「あ、ありがとう……うん、寝てたら少しだけ楽になったかな……」
「そっか、よかった。あ、今日の授業のノート、また写真撮ってきたからさ、RINEで送るな」
そう言って凌駕くんがスマホをポチポチと操作して、私に送ってくれた。
「あ、ありがとう……ごめんねいつも……」
「気にすんな、これくらいなんてことないよ」
「そ、そっか……あ、涼子は?」
「ああ、涼子は家の用事があるらしくて先に帰ったよ。俺は部活が終わってからここに来たって感じで」
「そ、そうなんだね……涼子も忙しいもんね……」
「涼子もずっと小春のこと心配してたぞ。あとでRINE送ってみたらどうだ?」
「う、うん、そうする……」
そこまで話して、私がずっとベッドに入っているのも失礼かと思って、立ち上がってみることにした。足を出し、スッと立ち上がった……が、ちょっとフラッときてしまって、後ろに倒れそうになった。あ、まずい……! と思ったが、何かに身体が支えられた。見ると凌駕くんが私を両腕で支えてくれたようだ。
「だ、大丈夫か!? ふらついてるから無理しない方が」
「あ、ありがとう……ごめん、まだふらつくみたい……」
その時、凌駕くんと超至近距離であることに気がついた。目の前に凌駕くんの顔がある……がっしりとした身体と、よく見ると鼻が高くて男らしい顔……私はぼーっと凌駕くんを見つめてしまった。
「小春……一旦座ろうか」
凌駕くんがそう言って、私を座らせてくれた。その後、私の身体をそのまま――
「りょ、凌駕く――」
「……ごめん、小春がきついの見たら、こうしたくなって……」
凌駕くんは自分の方に私を引き寄せ、ぎゅっと私を抱きしめた。凌駕くんの胸に私の頭がある。あたたかくて、大きな手で私の頭をそっとなでてくれた。
不思議と、心と身体があたたかくなる感じがした。涼子が抱きしめてくれるのとはまた違う、男の子のぬくもりというのだろうか。もちろんどちらも嬉しいのだが。
私の部屋がしーんとなった。それでも、凌駕くんは優しく私を包んでくれた。
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