第24話「この胸のドキドキは」

 土日にゆっくり休んだ私は、月曜日になんとか学校に行くことができた。

 また休んだことで中等部出身の女の子たちが何か言ってくるかなと思ったが、朝の挨拶程度で嫌がらせをされることはなかった。ちょっとほっとした私がいた。


 真面目に授業を受ける。七月になり学校でもエアコンが稼働している。暑い日が少しずつ増えているので、また夏は猛暑日も増えるのかなと思った。


 放課後になり、クラスメイトが続々と帰って行く。私も帰る準備をしていると、


「小春ー、そろそろ帰る?」


 と、涼子に話しかけられた。


「あ、ちょっと図書室に寄ってから帰ろうかと思って……」

「そっか、小春は読書も好きだもんね。じゃあ私は先に帰ろうかな」

「うん、ご、ごめんね……」

「いやいや、謝らなくていいよー。じゃあまた明日ねー」


 涼子が手を振りながら教室を出て行った。私も鞄に教科書やペンをしまい込み、教室を出る。図書室は二階、ちょうど玄関の真上あたりにある。私はそっと図書室の扉を開けた。

 中は静かで、何人か生徒もいるみたいだ。みんな本を読んだり、勉強したりしている。私は静かに本棚へと移動する。たまには何かを借りてみるのもありかなと思った。


(……あ、これ読んだことないな、なんか面白そう)


 私は一つの文庫本を手に取った。うちの高校は図書室もけっこう充実していると思う。文庫本や単行本、学術書や芸術書など、色々ある。私は文庫本を手に取り、カウンターへ行き借りる手続きをした。ここで読んでいってもいいが、帰ってからゆっくりと読もうと思った。


 図書室を出て、私はふと、グラウンドが気になった。たぶん凌駕くんが部活で練習している頃だ。また見てみようかなと思った。


 ……凌駕くんが私の家に来てくれた日、私は凌駕くんのぬくもりに触れて、胸がドキドキした。心や身体が重い時の動悸とは違う、不思議な感覚だった。

 その後は特に変わりなく私に接してくれる凌駕くんだが、私はどうしてもあの時のことを思い出していた。ちょっと恥ずかしいというか……。


(凌駕くん、男の子らしい感じがしたな……なんだろう、胸がドキドキするこの気持ちは……)


 そんなことを思いながら、体育館の横の階段を下りて、グラウンドにやって来た。いつものように野球部が練習している。金属バットの乾いた音、グラウンドを走る足音、色々な音が私の耳に入って来る。


「――あ、荒川の彼女さんだ、また見に来たの?」


 その時、誰かに話しかけられた気がした。見ると前に凌駕くんをからかっていた先輩だった。


「あ、い、いえ、彼女ではありませんが……その、凌駕くんは頑張ってるかなって……」

「あはは、そっか、今あそこで守備練習してるよ。そこのベンチに座ってるといいよ」


 先輩にそう言われて、私は「あ、し、失礼します……」と言ってベンチに座らせてもらった。凌駕くんはサードの位置でノックを受けているようだ。白いボールを追いかけて一生懸命なのが私にも伝わってくる。


(スポーツができるっていいなぁ。カッコいいなぁ……)


 そう思って、私はハッとした。あ、あれ? 私、何を考えているのだろう。凌駕くんをカッコいいと思っている……まぁ凌駕くんはカッコいいのだが、今までにない感覚だった。


 しばらくノックを受けていた凌駕くんが「ありがとうございました!」と大きな声を出した後、こちらにやって来た。あれ? と思っていると、


「小春、見に来てくれたんだな」


 と、凌駕くんに話しかけられた。もしかしたら先ほどの先輩が何か言ってくれたのかな。


「あ、う、うん……なんか練習してるの見たくなって」

「そっか、俺はちょいと休憩……っと。どうだ、俺も頑張ってるだろ」


 そう言って凌駕くんが私の隣に座った。


「う、うん、すごかった……ボールあんなに速いのに、捕って正確に投げてて……」

「あはは、まぁ大したことはないよ。しっかり練習しておかないと本番で力が発揮できないからな」

「そ、そうだよね……また試合があるんだよね?」

「ああ、もうすぐまた試合があるな、俺もいつでも出れるようにしておかないとな」


 凌駕くんがそう言って力こぶを作った。私はつい笑ってしまった。


「……今日は調子いいみたいだな、よかったよ。調子が上がったり下がったりで、小春もきついとは思うが」

「う、うん、自分でももどかしいんだけど、自分を受け入れなきゃって……」

「そうだな、無理はせずに、自分を受け入れていかないとな。絶対よくなるから」

「う、うん……ありがとう」

「――おっ、お二人さん、仲がいいカップルで、うらやましいですなぁ」


 後ろから話しかけられた。先ほどの先輩だ。


「なっ!? か、か、カップルって……!」

「なんだよー、隠さなくていいぞー、彼女も悲しくなっちゃうじゃないか」

「え!? ま、まぁ……こ、小春、ごめんな……」


 恥ずかしそうにする凌駕くんがめずらしくて、私はまた笑ってしまった。

 その時、また胸がドキドキしてきた。な、なんだろう、この気持ち……。

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