第6話「二人に伝える」

「「……双極性……障害?」」


 放課後、教室に三人だけで残ることができたので、私は思い切って自分の病気のことを凌駕くんと涼子に伝えた。二人とも同じ言葉を言って目を丸くしている。それもそうか、二人はきっと風邪かなにかだったと思っていたのだろう。


「うん……私も全てを理解したわけじゃないんだけど、どうやらそうみたいで……」

「そ、そうなのか、でもなんか聞いたことのある言葉だな……」

「あ、私も。初めて耳にしたって感じではないかも」

「わ、私もうまく説明できるか分からないけど……病院の先生が言うには、『心の風邪』なんだって。昨日からお薬も飲むようになって……」

「心の風邪……か。やっぱ体調があんまりよくなかったのは間違いなかったんだな。小春、なんかぼーっとしてる時もあったもんな」

「あ、そ、そっか、自分ではよく分からないけど、そんな時もあったのかな……」


 私は二人を見ることができず、ちょっと下を向いてしまった。このおどおどした性格がよくないんだろうなと思いつつ、なかなか自分を変えることはできなかった。まぁ、すぐに変えることができたら誰も苦労しないだろう。


「たしかに、最近学校を休む日がちょくちょくあるから、私も気になってたんだよねー。心の風邪ってことはさ、そのうち治るものなのかな?」

「う、うーん、そこはよく分からないかも……でも、先生もゆっくり治していきましょうって言ってたから、普通の風邪と違ってちょっと時間かかるのかも……」

「そっか、時間はかかるかもしれない……か。まぁいいじゃねぇか、休む日もあったけどさ、今日はこうして学校に来ることができてるんだしさ」


 凌駕くんがニコッと笑って私の肩をポンポンと叩いた。凌駕くんはけっこうポジティブに物事をとらえることができる人だと思う。昔からそうだった。


「せ、先生が言うには、一般的に双極性障害って、躁状態と鬱状態っていうのがあって、躁状態の時はなんでもできそうな気分になるんだって。逆に鬱状態の時は何もできなくなるというか……学校に行ける時もあるって考えると、ずっと鬱状態というわけではなさそうだって……」

「そっかー、なんとなく分かったよ。あ、なんでもできそうって元気ってことなんだろうけど、逆にそれが危ないんじゃないかなぁ?」


 涼子が鋭いことを言う。涼子は頭の回転がけっこう速い人だと思う。勉強がよくできるのとは違う。なんだろう、思考力に優れているというか、気づきが早いというか。


「う、うん、元気がよすぎて周りに迷惑もかけることもあるって……私はそこまでではないと思うんだけど、学校に行けてる時はわりと元気な方なのかなって……」

「おう、小春はそこまではなさそうだよな。でもやっぱ俺らは学生だから、学校には行っておきたいよな。ただ、無理してまで行く必要はないと思う」

「うんうん、きつい時は休むっていうの大事だよね。私も無理はしてはいけないと思うよー」

「あ、ありがとう……あ、詳しいことはこのページに書いてあるから、帰って見てもらえるかな……?」


 私は昨日検索して見つけた双極性障害について書かれたページを、二人のスマホに送った。


「おう、分かった。あとで見ておくよ。あ、やべ、そろそろ部活に行かないといけねぇ。すまん二人とも、また明日な」

「あ、ご、ごめんね凌駕くん、ありがとう……」

「気にすんな、何かあったら俺や涼子に言えよ。一人で抱え込むんじゃねぇぞ」


 そう言って凌駕くんはブンブンと手を振りながら教室を出て行った。


「凌駕は元気だねぇ、あいつの元気を小春にも分けてほしいよー」

「あ、あはは、凌駕くんも野球頑張ってるからね。あ、私たちも帰ろっか」


 鞄を持って、学校を出て駅まで歩いて行く。二人に伝えたこと、本当によかったのかなって思っていると、


「……小春、ありがとね」


 と、涼子が言った。


「……ん? な、何が……?」

「いや、小春もさ、自分の病気のこと私や凌駕に言うの、すごく勇気がいったと思うんだ。それでもこうして伝えてくれてさ、なんか嬉しかったからありがとって言いたくなったんだよ」

「そ、そっか、でも、お礼を言うのは私の方……本当にありがとう」

「ううん、私たち友達じゃん? 凌駕も言ってたけど、何かあったらすぐに言ってね。今日みたいにあいつらが絡んできた時とか」

「う、うん……でも私、あまり大きな声出せないからなぁ……」

「いいんだよ、それが小春のいいところだよ。あいつらみたいにキーキーうるさくなくてさ。だから私も凌駕も安心できるんだよ」

「そ、そっか……」

「うんうん、凌駕みたいに元気いっぱいになれとは言わないからさ、ちょっとずつ小春も元気になるといいね」


 まさかこのおとなしすぎる性格を褒められるとは思わなかった。涼子も凌駕くんも、本当にいい人たちだ。二人には感謝している。

 電車に乗り、窓から外を見ながら、私は私らしく、頑張って治療を続けていこうという気持ちになった一日だった。

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