第31話「いじめのことを話す」
「し、失礼します……」
私はそっと保健室の扉を開け、中に入った。中には佐々木先生と、隣に松崎先生もいる。
今日は一学期の終業式の日。全校集会とホームルームで終わり、放課後になっていた。
そんな日に私は、以前佐々木先生とお話した時に言われていたように、この保健室で松崎先生にいじめのことを話すつもりでいた。手に汗をかいているのが分かる。いいお話というわけではないので、緊張していた。
「小春さん、そちらに座ってください」
「あ、し、失礼します……」
「相場、お疲れさん。体調はどうだ?」
「あ、今日はまた少しいいみたいで……ちょっと上下が激しいのですが……」
「そっかそっか、よかったよ。上下が激しいときついと思うが、明日から夏休みだ。ゆっくりと休んでくれ」
「は、はい……」
佐々木先生も松崎先生も、ほっとした表情を見せた。ここのところ心の波の上下が激しいのは間違いない。でも今日はなんとか話せそうな気がした。
「小春さん、以前私とお話しましたが、小春さんの現状を、お話することはできますか?」
佐々木先生が優しい声で話しかけてきた。私はごくりと唾を飲み込んで、
「は、はい……大丈夫です」
と、返事をした後、松崎先生に話すことにした。
「あ、あの……私、クラスで中等部出身の女の子たちに、いじめと思われるちょっかいをかけられていて……心と身体がこうなってしまったのも、それが原因だと思っていて……」
少し小さな声だったが、なんとか話すことができた。
いじめ。
もっと明るい話題だったらよかったのになと、ふと思ってしまった。
「……そうだったのか。相場はきつい思いをしていたんだな。俺が気づいてあげられたらよかったのだが……申し訳ない」
そう言って松崎先生が頭を下げた。い、いや、松崎先生は何も悪くないのにな……と思ってしまった。
「い、いえ、先生がいないところでこっそりと受けていたので……」
「いや、それでも生徒の変化に気づかないといけない。俺は教師失格だよ」
「まあまあ、松崎先生、そんなに自分を責めないでください。たしかに小春さんはきつい思いをしていましたが、このことを話していじめがもっとひどくなったら嫌だと、小春さんも言えずにいたのです。小春さんの気持ちも分かってあげてくださいね」
松崎先生をなだめるように、佐々木先生が言った。
「なるほど……そうですね、俺が動いて、状況が変わればいいのですが、その逆の場合もある。相場が俺に言えなかった気持ち、分かります」
「はい、それでも小春さんは、ここで私に話してくれました。私は小春さんが言うまで、このことは誰にも言わないと約束していました。たとえ養護の私だとしても、大人です。大人にいじめのことを話すのは、とても勇気がいるものです」
佐々木先生が優しく、そして真面目に話す。私はちょっと下を向いて聞いていた。
「……そうですね、周りの大人には話しづらい問題だと、俺も思います。相場、佐々木先生や俺に話すのはとても勇気がいっただろう。ありがとうな」
「あ、い、いえ……病院の先生にも、いつか学校の先生に話してみませんかって言われていて……ちょっと遅くなってしまったかもしれませんが……」
「いや、大丈夫だ。今からでも遅くない。幸い明日から夏休みだ、さっきも言ったが、相場は自分の心と身体を大事にして、ゆっくり休んでくれ」
「は、はい……」
「いじめのことは俺が動くから、安心してくれ。それでもしもっといじめがひどくなったら、いつでも俺か佐々木先生に言ってくれ。周りの大人に頼ってくれよ」
「は、はい……ありがとうございます」
私はペコリと頭を下げた。
「よかったですね、小春さん。ただ、いじめがなくなったからといって、小春さんの体調がすぐによくなるとは限りません。またきつい時もあるかもしれないので、その時は遠慮なくここに来てくださいね。ここでゆっくり休んで、私とお話しましょう」
「あ、は、はい……ありがとうございます」
「……相場が一番きつい思いをしていたんだもんな。病院の先生にも、学校の先生に話したと伝えておいてくれ。きっと安心されるんじゃないかな」
「は、はい……今度通院した時に、話してみたいと思います」
「ふふふ、小春さんはしっかりしていて偉いですね。前も話しましたが、涼子さんと凌駕くんには、今は頼ってもいいと思いますよ。お友達なら小春さんの気持ちをよく分かってくれるはずです」
「ああ、雨矢と荒川ですね。そうだな、佐々木先生の言う通り、今はあの二人にも支えてもらうといいよ。相場にはいい友達がいるな」
「は、はい、いつも支えてもらっていて……ありがたいです」
「ふふふ、大丈夫ですよ、みんな小春さんの味方です。ゆっくりと、前を向いて進んでくださいね」
「はい……ありがとうございました」
私はお礼を言って保健室を後にした。ついに松崎先生にも話すことができた。私は緊張していたが、どこかほっとした気持ちになっていた。
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