第9話「雨矢涼子という人」

 夜、私は部屋で一人、のんびりしていた。


(……凌駕くん、すごかったな……野球ってあんなに迫力があるんだな……ボールが遠いところまで飛んで行ってた……)


 私は野球のルールはなんとなく分かる程度だが、凌駕くんがすごいことは分かった。あの後、凌駕くんの先輩や同級生に囲まれて「荒川の彼女かー」「いいなぁ、荒川ー」とひと騒ぎになった。凌駕くんは顔を赤くして「ち、違うから! ごめんな小春」と言っていた。


(それに比べて私は、スポーツもできなければ、勉強もそんなにって感じだもんなぁ……なんか、凌駕くんがうらやましいっていうか……)


 いつも元気な凌駕くん。それに比べて私はいつもおどおどしていて、言いたいこともはっきりと言えない。なんだか情けない気持ちがどんどん大きくなっていた。


 その時、私のスマホが鳴った。電話がかかって来たみたいだ。スマホの画面には涼子の名前がある。私はすぐに出た。


「もしもーし、小春? 今暇してるー?」

「も、もしもし、うん、大丈夫だよ」

「よかったー、もう寝てたらどうしようと思ったー。ごめんね今日は先に帰っちゃって」

「いや、用事があるなら仕方ないよ」

「まぁ、用事っていっても夜まで両親が家にいないから、弟たちの面倒を見てあげることなんだけどさー、まぁ仕方ないかなって感じ?」


 そう言って涼子が笑ったので、私も笑った。涼子には七歳離れた恭輔きょうすけくんという弟と、八歳離れた日葵ひまりちゃんという妹がいる。二人とも可愛い。私もよく「こはるおねーちゃん!」といって懐かれたものだ。


「そっか、恭輔くんと日葵ちゃんは元気?」

「元気元気ー、今日も勉強終わったらプロレスごっこしようとか言ってさー、まだまだお姉ちゃんは負けんぞって投げ飛ばしてやったかな!」

「そ、それはいいのかな……あはは」

「いいのいいのー、でも私も歳だねぇ、だんだんと小学生のパワーについていけなくなってきたよー。これがおばさんになるってことなのか……!」

「い、いや、まだおばさんは早すぎるんじゃないかな……」


 私たちは今年十六歳。大山さんも言っていたピッチピチの女子高生……かどうかは分からないが、まだまだ若いのは間違いないだろう。


「そういえば小春は教室に残ってたみたいだけど、何してたのー?」

「あ、一人で勉強してた……私、学校休むことも多いから、ちゃんとしておかないと置いていかれると思って……」

「そっかー、小春は偉いよー。私だったらてきとーに過ごしちゃいそうだもんなぁ」

「い、いや、涼子だって私より勉強できるでしょ……あ、それと凌駕くんの部活の様子を見に行った……凌駕くんが教室に忘れ物取りに来て、見に行かないかって言って……」

「そっかー、凌駕の部活かぁ、野球部すごいでしょ」

「う、うん、すごかった……なんか、面白いようにボールが飛んで行った……」

「あはは、凌駕もすごいよねぇ、小さい頃から野球好きだったもんねぇ」


 そういえば小学生の頃、三人でキャッチボールしたなと思い出した。私は運動がそんなにできないから、いつも凌駕くんに教えてもらっていたっけ。


「……話変わるんだけど、小春、私もさ、もらったページ見たのと、自分で双極性障害のこと調べてさ、こういう病気なのかって分かったのと、小春が苦しんでたんだなって思うと、心が痛むっていうかさ」


 涼子がぽつぽつと話した。そうか、涼子も自分で調べてくれたのか。なんだか嬉しい気持ちになった。


「そ、そっか、私、やっぱり病気なんだなぁって思ってて……」

「うん、でもさ、小春は小春じゃん? 病気があるからって小春自身が全然違う人になるわけじゃない。小春も思うことたくさんあると思うけど、今は治療に専念してね」

「う、うん、ありがとう……」

「きつい時はきついって受け入れないとね。それと、無理をしないこと。学校できつくなったらいつでも私や凌駕に言うんだよー」


 なんだか、凌駕くんと同じようなことを言う涼子だった。でも、友達二人の気持ちが嬉しかった。


「あ、ありがとう……まだお薬が効いてるって感じじゃないから、二人に迷惑をかけることがあるかもしれないけど……」

「ううん、迷惑だなんて思ってないよー。時間はかかるかもしれないけどさ、また小春が元気になって、三人で色々なことしたいなって思ってて」

「う、うん、元気になったら、遊びに行きたい……」

「よっしゃ、約束だね。小春は元気になる。私と凌駕は元気になった小春を連れて遊びに行く。あーなんか楽しみになってきたよー」

「そうだね、私も楽しみ……ちょっと元気出たよ、ありがとう」


 ポロっと本音が出た。私はどうも自分の考えや思いを言えず、抱え込んでしまうところがあるが、涼子や凌駕くんにはなんとなく言える。友達ってそんなものなのかなと思っていた。


(――周りの人に支えてもらうのも大事なことですよ)


 橘先生の言葉をまた思い出していた。私には涼子と凌駕くんがいてくれる。それだけで心が軽くなった気分だった。

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