第21話「大山さんという人」
私は日曜日に思い切って出かけてみたのだが、なぜか大山さんとバッタリ会い、お茶をすることになってしまった。
「あ、きたきた、ここのケーキ美味しいんだよー」
店員さんが持ってきてくれたコーヒーとケーキを見て、大山さんは言った。
「あ、そ、そうなんですね……」
「うん、食べよ食べよー、いただきます」
わ、私も食べないとおかしいよなと思って、ケーキをそっと一口食べてみる。甘すぎない深い味が口の中に広がった。
「どう? 美味しいでしょ?」
「あ、はい……甘さもちょうどよくて、美味しいです」
「そうでしょー、コーヒーも美味しいよ、飲んでみてね」
大山さんにそう言われ、コーヒーも一口飲んでみる。うん、ちょっとした苦みの中にこちらも深い味がある。美味しいなと思った。
「あ、ほんとだ……美味しいですね」
「よかったー、小春ちゃんのお口に合ったようで。小春ちゃんは甘いもの好き?」
「あ、はい……誕生日によくケーキを買ってもらったりして……」
「そっかそっか、いいよね。私も好きなんだけど、体重はちょっと気になるなぁ」
大山さんがお腹をさすっていた。大山さんはそんなに太っているという印象もないが、女性だし体重の増加は気になるだろう。私はつい笑ってしまった。
「あ、小春ちゃんの笑顔見たの初めてかも。クリニックではいつも緊張しているような顔だからねぇ」
「あ、す、すみません……」
「いいのよー、慣れないところに来ると緊張するのも当たり前よ。それでもうちに数回来て、少しずつ慣れてきた?」
「は、はい……橘先生も大山さんも、優しいので……雰囲気がいいというか」
「あはは、ありがとう。院長先生には『タメ口なのやめませんか』ってよく言われるんだけどねぇ、これは私のポリシーだからやめられませんって。小春ちゃんが優しい雰囲気だと思ってくれたなら嬉しいよー」
大山さんがあははと笑った。たしかにタメ口の看護師さんというのはめずらしいかもしれないが、お友達感覚で接することができて、なんかいいなと思った。決して大事なことを忘れているとかそういうことでもないし、話しやすいというのはとてもいいことだろう。
「……あ、あの、学校の保健の先生に、いじめられてること言うことができました……でも、担任の先生にはまだで……」
私は気分がよくなって、ついいじめのことを大山さんに話した。大山さんはニコッと笑って、
「……そっか、小春ちゃんは偉いね。そういうことってなかなか大人には言いづらいものだよ。それでも、小春ちゃんは勇気を出して声を上げることができた。担任の先生にはこれから先いくらでも話すチャンスはあるよ。あ、絶対に無理はしないでね」
と、言ってくれた。私は「は、はい……ありがとうございます」と言ってペコリと頭を下げた。
「うんうん、小春ちゃんの気分も上がってきたみたいだし、私も嬉しい。前にも言ったけど、私も小春ちゃんの味方だからね。きつい時は遠慮なく言ってね」
「は、はい……ありがとうございます」
「うん、小春ちゃんはしっかりしてる! 私もね、学生時代にいじめられている人を見かけたことがあってね。その時自分が何もしてあげられなかったのが今でも後悔してるんだ。小春ちゃんはお友達いる?」
「あ、はい、小学生時代からの友達が二人いて……いつも助けてもらってて」
「そっか、いいお友達がいるんだね。申し訳ないって気持ちもあるかもしれないけど、今はそのお友達を頼るのも大事だと思うよ。恩返しはまた後でもいいと思うよ」
そう言って大山さんがコーヒーを一口飲んだ。たしかに申し訳ないという気持ちもあるが、大山さんの言う通り恩返しはできるようになってからでいいのかなと思った。
「は、はい……そうします」
「うんうん。小春ちゃん見てると高校時代を思い出すなぁ。あ、そんなこと言うとなんだかおばさんっぽいねぇ。これでもまだ二十代なんだけどなぁ」
「あ、そ、そうなんですね……失礼ですけど、おいくつですか……?」
「私は二十七歳だよー。まだまだ若い気持ちはあるんだけどね」
大山さんが口角を上げて目をパチパチさせた。私はつい笑ってしまった。
「あ、あの、橘先生はおいくつなのでしょうか……? 私の父と同じくらいかなぁと思ってて」
「ああ、院長先生は三十五歳だよー。落ち着いているから上に見られるかな、まぁでも見た目は若いからそうでもないか」
そ、そっか、橘先生は私のお父さんより年下だったか。落ち着いたしゃべり方だからそこそこ上の年齢かなと思ったが、見た目が若いというのはうなずけた。
「そ、そうですね、橘先生、お若い……」
「あはは、今度院長先生に言ってあげたら? 小春ちゃんみたいな若い女の子に言われると、心の中では飛び跳ねると思うよ」
「え、あ、それは恥ずかしいかもしれないです……」
私がそう言って俯くと、大山さんは笑った。
しばらくの間、大山さんと楽しい時間を過ごした。こうして出かけられたことが、私は嬉しかった。
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