第20話「心の上昇と偶然の出会い」
六月末の日曜日、テストも終わり、私はほっとしていた。
今日は早くに目が覚めた。ここのところ心も身体も軽いというか、ふわふわと浮かんでいるような気持ちになる。
これが橘先生の言う躁状態なのかなと思ったが、自分ではよく分からなかった。それでも心と身体が重くないのは嬉しかった。
朝ご飯を食べて、しばらくのんびりしていたが、ふと出かけたくなった私は、お母さんに「ちょっと出かけてくる」と言って外に出た。外は曇り。一応折りたたみ傘は持ったが、今日はそんなに雨が降ることはないと天気予報でも言っていたっけ。
ぶらぶらと歩いて、駅までやって来た。私はなんとなく電車に乗り込んだ。インドア派の私が、こんなことをするなんてちょっと信じられないが、自分がやりたいことを楽しもうと思った。電車の窓から外を見て、ぼーっと色々なことを考えていた。
どこまで行こうかと悩んだが、クリニックの最寄り駅で降りることにした。改札をくぐり、外に出ると少し晴れ間も見える。まるで私の心を表しているようだった。
少し駅周辺を歩いてみる。駅の近くということで、居酒屋やスナックの看板がちらほらと見えた。私はまだ子どもなのでよく分からないが、夜になるとこのあたりも大人がたくさんいるのかな、そんなことを思っていた。
そのままクリニックの方へとやって来た。今日は日曜日なのでお休みのはずだ。橘先生も大山さんもお休みを満喫しているのかな、そう思っていたその時、前方に見たことのある人がいた。その人はクリニックの方へと入っていこうとしている。あれ? 今日はお休みのはずでは……? 私はその人に声をかけることにした。
「あ、あの……こんにちは」
「……あれ? 小春ちゃんじゃない、こんにちはー!」
明るい声でそう言ったのは大山さんだ。クリニックは今日は休みだよね……? と思って建物の入り口にあるクリニックの診療時間を見てみた。たしかに日曜日はお休みとなっている。
「どうしたの? 今日は日曜日だけど、お出かけ?」
「あ、は、はい、なんか気分がよくて、お出かけしてみようと思って、ここまで来てしまいました……」
「あはは、そうなんだねー、ちょっと調子が上向きなのかな」
「そうなのかもしれません……あれ? 大山さん、今日クリニックはお休みですが……」
「ああ、さっき院長先生が『クリニックの鍵をかけ忘れたかもしれない』とか言っててさー、私の方が家が近いから見に来たんだよ。ほんと院長先生はそういうところ抜けているっていうかさ」
大山さんがあははと笑った。そ、そういうことだったか。大山さんは「ちょっとここで待っててね」と言ってクリニックの建物の中に入って行き、しばらくして戻って来た。
「なんだー、ちゃんとかけてるじゃないのー、院長先生の勘違いでよかったよー」
「あ、そうですか……よかったです」
「うんうん、でも小春ちゃんとバッタリ会うとは思わなかったなぁ。あ、ちょっとだけお茶しない? ここの近くにカフェがあるからさー、おごるよ」
「え、あ、い、いいのでしょうか……」
「いいのいいの、私も今日はオフの日だからさ、自由にさせてもらうよー。じゃあ行こうか!」
そう言って大山さんが私の手を取って、鼻歌を歌いながら歩きだした。い、いいのかな、看護師さんとお茶なんて……でも、オフの日だからそんなに気にすることもないのかなと思った。
カフェのドアを開けるとカランコロンと音がした。中は落ち着いた雰囲気で、コーヒーのいい香りがする。私と大山さんは奥の席に座った。
「ここのコーヒー、美味しいんだよー。あ、小春ちゃんはコーヒー飲める人?」
「あ、はい、大丈夫です……」
「そっかそっか、じゃあコーヒーと、ケーキを食べちゃおうか」
大山さんが注文をする。私はドキドキしながらそれを聞いていた。やっぱり本当にいいのかなという気分になるな……と思っていると、
「あー、院長先生に『大丈夫でした』って連絡しておこうかな。ついでに小春ちゃんに会ったからお茶してるって。なんか言われるかもしれないけどねー」
と、大山さんが言った。や、やっぱりこういうのはダメなのか……? でも楽しそうにスマホを操作する大山さんを見ると、何も言えないでいた。
「――あ、さっそく返事来た! 『何やってるんですか。小春さんによろしくお伝えください』だって。ふふふ、院長先生も真面目だねぇ」
そう言って大山さんが笑った。い、いいということなのかな。さっきも話したが橘先生も大山さんもオフの日だ。クリニックでは医師と看護師ではあるが、休みの日の過ごし方なんて自由で当たり前なのかもしれない。
「た、橘先生は、遠いところに住んでいるんですか……?」
「うん、隣町だから、ちょっと距離あるね。でもいつも車で来てるからそんなに遠いと感じていないみたいよ。カッコいい車に乗ってるよー」
大山さんがまた笑った。いつもとは違う大山さんを見れた気がして、私はちょっと嬉しい気持ちになっていた。
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