第12話 エサカ婆の依頼

エサカ婆は手に持っていた依頼書を樹に手渡した。

蝋燭の灯りを頼りに、目を凝らして内容を確認する。


「こ……これは」

「ちょうど其奴の素材が欲しくてねぇ。頼れるのもいないから、引き受けてくれるなら嬉しいねぇ。命の保証はできかねますがや、ヒッヒッヒッ!」


依頼書に記載されていた内容は以下の通りだ。


依頼名……『翔龍ハリケイオス討伐』

依頼内容……翔龍の討伐及び素材の回収。

場所……天峰山。

報酬……獲得素材の10%及び350,000円


『翔龍ハリケイオス』……危険度☆☆☆☆

天峰山の覇者。風属性のブレスを操り、常に嵐のような暴風をその身に纏っている。翔龍の一撃は全てを吹き飛ばし、破壊する。



「ジン、この依頼いけそうか?」

「さぁな。簡単に達成できないことは間違いないだろう。危険度☆☆☆☆は俺も見たことがない」


普段から表情を崩さないジンでさえ、依頼内容には面食らっていた。樹はジッとジンの顔を見つめながら様子を伺う。


「……どうする?」


「お前が言い出したことだ、自分で決めろ。どんな選択をしても俺はついていくだけだ」


「だったらやる!ずっと燻っていてもダメだ。ここらでひとつ、大きな依頼を成し遂げないと!」


「だったら決まりだな。エサカ婆、この依頼書は貰っていくぞ」


空中で依頼書をペラペラと靡かせると、エサカ婆は快諾した。いつもの不気味な笑い声で、嬉しそうに歯茎を見せる。


「ヒッヒッヒッ!ジンや、お前さんが龍の亡骸担いでくるのが楽しみだねぇ。そうだ、ちょっと待っとくれよ」


エサカ婆はまたそう言って、部屋の暗闇の中に消えた。そして再び姿を見せた時、エサカ婆は隣に1人の女性を連れていたのだ。

今まで部屋の何処に隠れていたのか。人の気配に、ジン達は全く気づくことができなかった。

エサカ婆はまた飄々とした顔で、隣に控える彼女の紹介を始めた。


「大きい依頼には見届け人が必要だからねぇ。フウカや、今回の依頼の見届け人はお前だよ」


「承知しました、婆様。私が責任を持って、今回の依頼に立ち会わせていただきます」


フウカと紹介された彼女は、堅い口調でキッパリ言い放った。額を出すように中心で分かられた白桃色の髪に、全身を覆い隠すようなベージュのローブ。そして黒い革手袋をした、風格のある女性だ。

エサカ婆と同じく、頭上に橙の炎はない。


こうしてエサカ婆の計らいにより、樹達は3人で行動することになった。


樹が簡易テントを建てようと寝床の場所を決めた時、今まで無言で後をついてきていたフウカが口を開いた。


「それでは私はこの辺りで失礼致します。明日の正午、風車塔の前で落ち合いましょう」


「まあ確かに初対面の男2人と夜を過ごすことはないか。でも、集合時間はもっと早くてもいいぜ?寝坊なら心配しなくても大丈夫だ!」


「いえ、正午でお願いします。午前中は、私は大学がありますので」


この広大なファンタジー世界にはおよそ似つかわしくない返事に、樹は拍子抜けした。それを見ていたジンが横から補足する。


「彼女は普段、現実世界で大学生として生活しているということだ。空き時間を利用して『LIFE』をプレイし、電脳世界では『フウカ』として振る舞う」


「そういうことです。ですから、四六時中お2人と一緒にいる訳ではありません。では、そろそろログアウトしますね」


彼女はそう言い残すと突然姿を消した。

『LIFE』を中断し、現実世界に戻ったのだ。



——翌朝。



樹もジンも、朝の8時には起床して行動を始める。

刑務所仕込みの早起きだ。身体に染みついて、嫌でも目が覚めてしまう。

特にこの日は気合いが入っており、樹は依頼に備えて肩慣らしをしていた。


「……かかった!コイツはデケェぞ!」


湖の辺りで釣りに興じる樹。

澄んだ水面がバシャバシャと音を立てて揺れる。

大物がヒットした証だ。竿が大きくしなる。


「ほう、やるな。これは随分期待できそうだ」

「あぁ、待ってろ!いま釣り上げてやる」


電脳世界での釣りにリールはない。

釣竿の先端に向かって、グリップから魔力を流し込む。水中に漂う魔力が魚を誘き寄せ、針にかかったら勝負だ。魚との駆け引きで魔力の量を制御し、隙を見せたら一気に引き上げる。


「きた!きたきたきた!頑張れ俺!」


なぜこんなに釣りと真摯に向き合っているかというと、釣りは魔法を覚える上で非常に重要な技術を教えてくれるからだ。


魔導書には、魔法を使う為に必要な指の運びの順序が記されている。しかし、ただ悪戯に指を組み合わせるだけではない。それに合わせて身体を巡る魔力を上手く出力しなければならない。求められる精密さは、魔力の階級によって上下する。


つまり、釣りを制する者は魔法を制すると言っても過言ではないのだ。


言葉にならない雄叫びと共に、全力で竿を引き上げる。

大きな黒い影が浮かび上がり、怪魚の正体が判明した。


『デカ鱒』……レア度☆

お魚図鑑No.61。ただのデカい鱒。価値はない。


全長1.5mにも及ぶ巨大な鱒だが、その説明はあまりにも淡白なモノだった。

未だ見ぬ巨大魚を期待したが、そう甘くはない。樹は溜め息をついた。



「そっちはどうだ?新しい魚は釣れそうか?」

「駄目だな。既に図鑑に登録しているものばかりだ。とりあえず朝食にしよう」



この世界、なぜか『お魚図鑑』というものが全員に配られており、製作者から釣りをするよう推奨されている。釣り上げた魚を図鑑に登録することができ、図鑑を埋めることでほんの僅かだが、善行レベルの経験値を積むこともできるのだ。


集めた薪に火をくべて、枝を突き刺した魚たちをバチバチと炙る。


「このお魚図鑑は全て埋めるとなにか特典があるのか?」

「噂によるとある。レア度の高いアイテムが貰えるということだが、詳細は俺も知らないな」

「なるほど、ゲームのやり込み要素の1つという感じか。どうせ強靭な釣り竿とかだろ、このロクでもない世界のことだ」


皮に良い焼き目がついたところで、お互いにそれぞれ串焼きに齧りついた。

自給自足も慣れたものだ。あっという間に食べきると、樹は時刻を確認する。


「……あと3時間か」


昂る気持ちを抑えながら、待ち合わせの時刻が近づくまで待機だ。


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