第6話 魔法

樹は手渡された魔法書の詳細を見る。


『初級魔法の書Ⅰ-炎-』……レア度☆

使用することで炎属性の初級魔法を習得することができる。


魔導書を開くと、白紙の余白がないほどビッシリと細かい文字が敷き詰められていた。ただ、それらはいずれも日本語で記されており解読は可能だ。


「まずは最初から魔法書の内容を読み込め。魔法の基礎は体系を理解することだ」

「わ、分かった。しかし小さい文字だな」


樹は目を凝らしながら必死に読み込んだ。この辺りの集中力は、受験期に培ったモノがまだ衰えていない。魔法書の内容を要約すると、以下の通りだ。


魔法には大きく分けて6つの属性がある。

炎・水・風・雷・土・無属性の6つで、それぞれ初級、中級、上級に習得難易度の順に分類される。

魔法の発動には、魔法書に記載されている手順を漏れなく滞りなく行う必要がある。

咎人の魔法の発動には、人体の一部を犠牲に発動する。その犠牲は初級ほど優しく、上級魔法ほど厳しい犠牲を要求される。魔法の習熟度により、犠牲を要しない場合もある。


「身体の犠牲を払う必要があるってどういうことだよ。ゲームみたいに撃ち放題できる訳じゃないのか」


「あくまで囚人にとっての懲罰だからな。楽しませないように工夫しているのさ」


「とはいえ初級ならそこまでの被害も出ないだろ?早速俺も使ってみるか」


魔法書には、魔法の発動を導く複雑な手順の所作が載っている。

記載の通り両手を組み合わせて動かし、脳内でイメージを創り出す。

すると、樹が突き出した手のひらからマッチを点けた程度の炎が一瞬、ポッと灯った。それと同時に、樹の腕に激痛が走った。


「……なぁッ!?」


見ると、二の腕あたりに鋭利なナニカで切り裂かれたような傷痕ができていた。

血が滴り、痛みは消えない。装束が血で染まっていくのを見て樹は戦慄した。


「あんな小さい炎を出した程度でこの傷かよ」


「最初はそんなものだ。痛みを恐れずに使い続ければ、いずれ代償も不要になり魔法自体の威力も高くなる」


弱音を吐く樹に対して淡々と説明するジン。だが腕の痛みを考えると、樹は更なる習熟に時間をかけようとは思えなかった。


「確かに魔法は便利だけど、別に使えなくても生活していけるだろ。武器があればそれで戦えばいい話じゃないか」


「……なるほど。まだこの世界の過酷さが分かっていないようだな。丁度いい、おあつらえ向きの相手が来た」


ジンが指差した先に、暗闇の中で光る眼光。足音の大きさから樹の知っている動物のサイズではないことは明らかだった。そして地響きのような慟哭。獲物を見つけ、興奮状態に陥っているに違いない。


「夜中に現れる魔獣は厄介な奴が多い。特にこんな郊外の地では尚更な」


「アレは……巨大な熊?な、なんて大きさだよ」


「この辺の食物連鎖の頂点に君臨する魔獣、『皇帝熊』だ。魔法無しで立ち向かえるというなら、やってみるといい」


皇帝熊は二足歩行で立ち上がり、丸太のような腕を挙げて威嚇する。

それから間もなくして捕食の姿勢に入ったのか、樹たちの方角に向かって一目散に駆ける。手足を上手く使いこなして土を蹴り上げ、巨体にはおよそ似つかわしくない速度で一瞬にして距離を詰める。

ゴツイ爪が備わった腕を一振り。樹は間一髪のところで身体を横転させて回避したが、爪によって深々と掘り起こされた地面を見て恐怖した。


(こんな攻撃、掠りでもしたらそれだけで終わりだ!)


相手の位置を確認して次の攻撃に備える。樹は完全に防戦一方だった。

かと言って、あの巨体相手に切り込んでいける勇気もない。

そんな樹の懊悩をよそに、皇帝熊は無尽蔵な体力で襲い掛かってくる。


「接近戦はダメだ!頼む、コイツをどうにかしてくれ!」

「ようやく理解したか。そこ、退いてろ」


ジンは両手を複雑に組み合わせ、魔法発動の準備に入った。

彼の腕が紅色に燃え上がり、横に振るうと火球の群れが飛ぶ。突撃してくる皇帝熊の顔面に刺さり牽制。動きが止まったところで、今度は指を下から真上に突き上げる。


すると地中から火柱が勢いよく噴き出して、皇帝熊の巨体を貫いた。

火だるまの中で抗おうとするも、串刺しになった巨体が動かない。そしてそのまま、炎の渦の中で黒焦げになっていった。


「凄ぇ……もう倒しちまった」

「俺がいま使ったのは初級の炎魔法に過ぎない。熟練度によってはここまで威力が出る。支払う犠牲も、たったコレだけだ」


まるで恐竜のようなデカさの魔獣を葬ったにもかかわらず、ジンは親指の爪先から少し出血しているくらいで他に目立った外傷はない。確かに、この程度の傷で先の破壊力が出るなら話は別だ。樹は再び魔法を習得する決意を固めた。


すっかり鎮火して炭の塊と化した猛獣の遺体。

敵を倒したら、素材などが手に入るのがこの手のゲームの鉄則だ。


「タツキ、確認してこい。ヤツの素材は役に立つ」

「わ、分かった。流石に生き返ったりしないよな?」


恐る恐る、変わり果てた姿の皇帝熊に触れる樹。

ゴツゴツした毛皮に触った時点で、皇帝熊の情報が脳内に流れ込んできた。


『皇帝熊』……危険度☆☆☆

巨大な肉食の魔獣。その剛腕から繰り出される一撃は、皇帝の名に恥じぬ攻撃力を誇る。またその毛皮はあらゆる攻撃を吸収し、防具としても抜群の強度を誇る。


「確かに頑丈そうな毛皮だけど、黒焦げになっても使えるのか?」


そんな一抹の不安があったが、剝ぎ取ってみると『皇帝熊の厚毛皮』というアイテムを無事に入手することができた。このあたりはどうやら融通が利くらしい。


「ジン、俺達はこの後どこに向かえばいいんだ?」


「夜が明けたら移動する。都へ向かって装備やアイテムなどを整えるべきだ。俺が分け与えられるモノにも限りがあるからな。それに善行レベルを上げるにしても、依頼人の数が多い」


「都……この世界にも国とか都市があるんだな?」


「当然ある。俺達がいまいるのは『風帝』が統治する風の帝国だ。気候は過ごしやすいが、帝国軍による咎人の弾圧は厳しい。咎の炎が消えないうちは都での言動には気をつけることだ」


今後の計画を立てた2人は、平原の中に聳えたつ孤高の巨木の下で交互に仮眠をとり、陽が昇るのを待った。







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