第5話 ジン

「ど、どういうつもりだ」

「どうもこうも……ウチは初めからこうするつもりだったけどね」


冷たく笑うルーナの後ろには、いつの間にか武装した村人達が並ぶ。

手錠のせいで武器を取り出すこともできない樹。

逃げようにも、完全に周りを包囲されてしまった。


「ルーナ、これはまた良い獲物を取ってきたねぇ。このガキの生首持っていくだけで300万円だ」


さっきまで恵比寿様の如く朗らかに笑っていたはずの村長が、今では悪魔のような顔つきに変わっている。


樹は悟った。

これは話の通じる相手ではないと。


狼狽する樹を煽るように、ルーナは活き活きと煽り始める。


「善行レベルの上げ方知らないっていうから、ウチが教えてあげようと思って。咎人を捕まえて引き渡す。村人の皆さんは懸賞金を貰えるし、ウチは人助けしたから善行レベルも上がる。これが最も簡単な方法ってワケ」


樹は彼女の策略にまんまと引っかかってしまったのだ。今までの優しかったルーナは全て虚像だ。

騙されていたことに気づき怒りが込み上げる。


「初めから協力する気なんてなかったのか……!」


「ウチの言葉を律儀に信じちゃって、バカじゃねぇの?ウチが誰だか分かって言ってんのかよ!」


「俺を騙したんだな……!でもちょっと待て、アンタだって咎人だろ!どうやってそこまで、村人達に取り入ったんだよ」


「そんなの、この顔と身体があれば男なんて簡単に籠絡できるもの。ちょっとヤらしてやったら、あとはウチの手の中。人助けってことで善行レベルも上がるし、女には優しく作られてんのよ」


ケタケタと高笑いするルーナに、樹は返す言葉が見つからなかった。

そして村人たちは凶器を構えて臨戦態勢。繋がれた手錠を解除できずに絶体絶命だ。


「村長さん、そろそろ殺っちゃっていいよ。もう話すこともないから」

「ルーナァ……良い獲物をいつもありがとうねぇ。これで今月の暮らしも安泰だ」


ルーナの非情な命により、じりじりと迫った村長が遂に鉈を振り上げた。

死を覚悟して目を閉じた樹だったが、次の瞬間に予想外の出来事が起きた。


何処からともなく飛んできた鉛色の弾丸が、村長の握る鉈を吹き飛ばしたのだ。

突然の横槍に騒然とする村民。焦ったルーナがキョロキョロと辺りを確認したが、闇に隠れて正体が掴めない。


するともう1発。


今度はルーナの脳天を正確にブチ抜いた。


「……クッソ、また1からやり直しかよ……ッ」


ド頭を撃ち抜かれたルーナは、血を噴出しながらユラユラとその場に倒れた。

ドンッと地面に身体を叩きつけた大きな音が、暗い集落に響く。樹にも、なにが起きているのかサッパリ把握できない。

考察する暇もなく、事態は次々と変わっていく。村人の視線がみな、横たわるルーナに集まった瞬間。樹を中心とする人の群れの中に、今度は煙幕が投げ込まれた。

途端に視界は白煙で覆われ、村人たちが叫ぶのが聞こえる。


「おい!なにごとだ!周りが煙で見えないぞ!」

「ゲホッゴホッ!女を殺した奴の仕業ですよ!ここは一旦、皆で逃げましょう!」


威勢よく樹に迫っていた村人たちは正体不明の襲撃者の影に怯え、村長を筆頭に逃げるように去っていった。未だ拘束が解かれていないまま取り残された樹。

眼前で命を落としたルーナの姿を眺めながら、もう成り行きに身を任せる他ない。


そして遂に、白煙の中から謎の人物が現れた。

視界が不明瞭で詳しくは分からないが、身長の高い男性だということは樹にも判別できる。


樹の身体はその男に掬われ、宙を浮いた。


「お、おい離せ!俺をどうするつもりだ!」


「勘違いするな。お前を助けに来たのだ」


「えっ……助けに」


「そうだ。あのままでは、電脳が創り出した偽りの人間どもに八つ裂きにされていただろうからな」


煙の中から連れ出された樹は、男の手助けを得ながら拘束を解くことに成功した。

闇の中、恩人の顔を確認しようとした樹。月明かりに照らされた彼の顔を見て、樹は驚いた。何故なら、その男の顔を知っていたからだ。


「あ、アンタは!」


「そうか……俺の顔を知っているか。ただ残念だが、俺はお前の知る刑事ではない。俺の名前は『ジン』、双子の弟だ」


「なるほど、どうりで同じ顔って訳だ。俺がいま使ってる武器も確かアンタの名前が……」


「あぁ、兄貴に頼まれて俺が託した。だが返す必要はない、今の俺には不要なモノだ」


ジンの顔の方に気を取られ気づかなかったが、樹がふと夜空を見上げると、ジンの頭上にも咎の炎が宿っている。


彼も、重罪を犯して投獄されていたのだ。


確かに先ほども、非情にもルーナを撃ち殺しているのを目の前で見ている。樹は、途端にジンという男が恐ろしくなった。


「アンタも人殺しなのか?」

「……あぁ。俺は、愛する女を殺した」


ジンは哀しそうな顔でそう呟く。

樹は彼の素性に興味が湧いた。身体に触れていれば、プロフィールを確認できる。



『ジン』

善行レベル2

本名……京橋 陣

年齢……32歳

罪状……交際女性、その他男性3人の計4人を殺害。

所持金……1,182,000円

懸賞金……8,500,000円


レア度☆☆☆☆☆をアイテム所持。

その他、レア度の高い所有物など多数。



ジンのデータを見た樹。そこに記載されている情報には、驚くことが多かった。特に罪状の欄を読んだ時、樹は思わず生唾を飲んだ。


「……合計4人の殺人」


「それくらいで驚いていると、この世界で生きていけないぞ」


「だって俺はアンタ達とは違う!冤罪で投獄されたんだ!一緒にするなよ」


「……そうだな。ただ、今は仲違いしている場合じゃない。兄貴からお前を手助けするよう頼まれているんだ、大人しく俺の言うことを聞け」


ジンと名乗るこの男は、この電脳世界に相当精通していた。幽閉されてから長いのか、所持金もさることながら沢山のレアアイテムを所持している。

ジンも収納箱を魔法で呼び出すと、魔法陣が書かれた薄い冊子をおもむろに手に取った。


「今から魔法を教える。この過酷な環境を生き抜く上では必須の要素だ」


「ま……魔法。俺も使えるようになるのか」


「なに、簡単な魔法は手順さえ覚えればすぐ習得できる。まずは低難度の魔法からだ」


こうして、暗闇の中でジンによる魔法講習が始まった。

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