第4話 咎の女
この電脳世界も時間とともに徐々に辺りは暗くなり、気温が低くなる。
数キロほど歩いたところでようやく、樹は人影を見つけた。
身長は低い。後姿から見るに女性だろう。
樹が声をかけようと思った時、振り返った彼女の方から話しかけられた。
「珍しいね、こんなところに人がいるなんて。見ない顔だし」
「その炎……あんたも、もしかして受刑者なのか」
夕焼けを背景に、小柄な女性はニコッと笑う。
ただその頭上には、禍々しい咎の炎が燃え盛っていた。
驚く樹に、その女性はあっけらかんと自己紹介する。
「ウチが普通のNPCなら今ごろ君なんて蜂の巣にされてるよ。3年前くらいにオッサン殺した事件で騒がれてた女子大生、知らない?」
樹はその事件を知っている。
まだ妹殺しの犯人として投獄される前、城南大学に通う一般的な大学生として生活を満喫していた頃だ。当時、彼女は美人過ぎる殺人犯としてテレビを賑わせたのは記憶に新しかった。
「いや、見たことがある。あんた都内パパ活殺人事件の、渋谷 瑠有那だろ」
「よく知ってんね。そういうキミも炎が点いてるってことは、エグい犯罪ヤッて捕まってるってことじゃん。殺し?放火?それともヤク中とか?」
「俺はなにもやってない。冤罪だ」
「ハハッ!この期に及んでまだ現実逃避かぁ?情けない男!」
栗色に染めた長い巻き髪をフワッと揺らして、樹の横に擦り寄る。
そしてネイルの施された華奢な手を樹の首に回し、頬をゆっくりと撫でた。
「隠してもムダ。この世界において、ウチら咎人に人権なんてないから。こうやって触れると、キミの素性も分かっちゃう。さて、可愛い顔してどんな重罪を犯してきたのかしら……」
「や、やめろ!離れろよ!」
彼女は樹に興味津々だった。
樹がその手を払い除けようとした時にはもう遅かった。
『タツキ』
善行レベル1
本名……新御堂 樹
年齢……22歳
罪状……実妹の殺害
所持金……0円
懸賞金……3,000,000円
その他所有物など。
『ルーナ』
善行レベル3
本名……渋谷 瑠有那
年齢……24歳
罪状……交際男性の殺害
所持金……1,317,666円
懸賞金……1,250,000円
その他所有物など。
ルーナが触れたことによって、お互いの素性や現在の所有物など、ありとあらゆる情報が共有される。
樹は彼女の善行レベルが上がっていること、そして所持金の多さに驚いた。
「凄い所持金の量だな。それに善行レベルが上がっているということは、人助けも精力的に取り組んでるってことか」
「まあね。ウチだっていつまでもこんな世界にいたい訳じゃないから。その感じだとキミは、まだこの世界に来て間もない感じだ?」
「あぁ。まだ1日と経ってない。善行レベルの上げ方もサッパリだ」
「へぇ〜!じゃあウチと仲間になろうよ。咎人同士で協力しないとこの世界はやってられないからさ!」
ルーナは気さくに肩を組んで笑った。
彼女の愛嬌ある笑顔は、殺人犯であるということを忘れさせる。樹はいつの間にか警戒を解いていた。
すると、また樹の腹が鳴る。
なにせさっきの大鴉は食べるのを躊躇った。
樹の空腹に気づいたルーナがニコッと笑う。
「ゲームの世界だからさ、こういうことだってできたりするの。『インベントリ』!」
ルーナがパチンッと指を鳴らすと、なにもなかった空間から突如大きめの収納箱が出現した。
まるで魔法だ。
彼女はおもむろに収納箱を漁ると、調理キットと魚や山菜、果実などを取り出した。
それを地面に手際よく広げると、今度は違う呪文を唱える。
「火を点けるから見てて。『ファイア』!ほら、凄いでしょ?」
ルーナが手を突き出して広げると、数十センチ先に設置していた調理キットに火が点いた。
ゲーム世界なのだから当然だが、いざ実際に目の前で見ると見惚れてしまう。
「魔法はどうやったら使えるようになる?」
「ウチが使ってるような初歩的な魔法なら、市販の魔導書なんか買ったら習得できるハズ。はい、お魚焼けたよ」
「あ、ありがとう。美味そうだ」
樹の質問に答えながら、ルーナは手早く料理を完成させた。串焼きになった川魚の塩焼きと、山菜とベリーの盛り合わせだ。現実世界の料理と比べるとかなり薄味だが、刑務所上がりの樹からすれば感動するほど美味しかった。
樹が夢中で頬張っている時、ルーナはとある提案を持ちかける。
「ねぇ、ウチら仲間になろうよ。やっぱりこの世界を生き抜くには1人だと心細いしさ」
「賛成だな。俺もちょうどこの世界に詳しい人間を探していたところだぜ。一緒に善行レベルを上げて、こんな馬鹿げた世界から脱出するぞ!」
「じゃあウチが世話になってる村に案内するよ。その村の人達とはもう長い付き合いで、ウチが咎人でも危害を加えてこないの。キミのことも紹介してあげるから」
「ありがたい。人脈は多いほど良いからな」
ルーナ曰くに、暗くなるほど出現する魔獣の危険度は増すらしい。また薄暗い間にと、2人は束の間の食事を終えたらすぐに動き出した。
ルーナの後に続くこと数時間。
もう陽がすっかり沈んだ頃、視界の奥の方に眩い光の群れが映った。人間が生活している証拠だ。
近づくにつれて賑やかな声も聞こえてくる。大きな集落ではないものの、まずは安心した。
樹とルーナを出迎えたのは白髪混じりの村長と名乗る初老の男性だった。糸のような目に、ほうれい線のしっかり刻まれた頬。にこにことしていて傍から見る分には人が良さそうだ。
「やぁ、ルーナ。そちらの男性は?」
「うん?お客さんだよ。さっきそこで出会ったの」
ルーナに紹介された樹は軽く会釈して挨拶する。
新しい客人の登場にゾロゾロと村人たちが群がってくるが、ルーナの言った通り咎の炎を見ても襲い掛かってはこない。
勿論、彼ら村長をはじめとした村人はゲーム制作者が配置したNPCだ。
全員同じような造形をした顔をしており、少し気味が悪い。
安息の地に入ったと気を休めていた樹。
その矢先に、突如何者かに背後から両腕を掴まれた。
「な!なんだ!?」
彼が警戒を弱めた一瞬の隙をついて、後ろ手に手錠をかけられて身動きを封じられた。カチャッと手錠の擦れる金属音。樹は即座に振り返る。
すると、そこには悪い笑みを浮かべたルーナが立ち塞がっていた。
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