第3話 暗号キー

「聞こえてんのかァ、白いの。俺様の言うことが聞けねぇっていうのかよォ!」


完全に目がキマった全裸の男は腕を振り上げて拳を作る。重心の安定しない身体でフラフラと殴りかかるが、ヴァランは全く動じない。


懐に収めていた短刀をスッと取り出すと、男を遥かに凌駕する速度でガラ空きの胸部へ突き刺した。

行動に迷いはない。ヴァランは相変わらず虫を見るような目で、痛みに悶える男を眺める。


「案内人を殺そうとすると返り討ちに遭うというのは、ゲーム世界で相場が決まっていますから」


「コイツ……!なんの躊躇いもなく心臓を突きやがったな……このクズ野郎がァ!」


「笑えますね。貴方の罪名を読み上げましょうか?死者3名、重傷者8名を出した通り魔さん。私はあくまで貴方が現世でしてきたことを実行したまでですよ、フフッ」


ヴァランは短刀を抜いた。根本まで赤く染められた刃は、先端から赤黒い血が滴る。

患部を押さえて疼くまる男は、依然としてヴァランを睨み続ける。

その態度がヴァランの神経を逆撫でし、追い討ちをかけるように容赦なく男の身体を蹴飛ばした。


「反省の余地なしですね。死の恐怖を覚えてから、もう一度戻ってきてください」


「ウッ!うわあああああああっッ!」


男の身体はゴロゴロと転がり、やがて崖から落ちた。崖から地表まで約30m。普通の人間ならまず助からない。男の断末魔の叫びが遠のいたら、今度はドンッと鈍い音が響いた。


目の前で人が死んだ。

殺害に及んだ張本人は、何事もなかったかのようにヘラヘラと笑っている。その事実に樹は恐怖し、気づけば崖の上から逃げるように駆け出していた。


「はぁ……はぁ……。ここまで来ればもう大丈夫か。しかしこれからどうすれば」


崖から繋がる石段を降り、遂に樹は無限に広がる平原に放り出された。行く宛ても頼る相手もいない。

どうしたものかと頭を捻っていた時、近くにひときわ目立つ石碑があるのを発見した。


「なんだこれ。こんなところに設置されてるってことは、なにか意味があるに違いない」


好奇心から石碑に近づき、触れる。

そうすると石碑は光を放ち、キーボードのような配置の文字の羅列と、メッセージが浮かび上がった。


『暗号キーを入力してください』


「暗号キー……そうか!これが!」


電脳世界に送致される前、とある刑事と面会した時に伝えられた謎の暗号だと閃いた。英数字が不規則に並べられた記憶しにくい文字列だが、独房に収監されている間、樹は念仏のように心の中でこの暗号を唱え続けていた。

忘れるハズがない。樹が教えられた暗号を入力すると、石碑が輝いた。

そして樹の期待通り、特典が与えられる。

地面がボコボコと隆起したと思えば、地中から巨大な石の棺が出現した。

中を開いてみると、服と武器が収納されていた。


樹がそれらに触れると、自然と脳内に情報が入り込んでくる。


『剣士の装束』……レア度☆

一般的な剣士の衣服。特別な効果はない。


『ジンの短剣』……レア度☆☆☆

・攻撃力……68 

・特性……出血毒

ジンが使用していた短剣。先端から毒液が流れ込む仕組みになっており、攻撃を当てると標的に毒値が蓄積されていく。毒値が一定の値まで達すると、出血毒状態となり致命傷を与えることができる。


樹は道着のような装束を早速着てみることにした。

説明文に記載の通り、こちらは特別な効果はない。むしろダボッとした感じがして、裸の方が動きやすいまである。しかし全裸で冒険を続ける訳にもいかず、とりあえず良い装備が見つかるまでの繋ぎに。


興味深いのは短剣の方だった。攻撃力に関しては比較対象がないので判断できないが、レア度も高く特性なるものまでついている。


「ジンの短剣……。そういえばあの刑事さん、そんな名前だったか」


武器と装備を手に入れ、いよいよ冒険に出る決心がついた。

まずはヴァランが言っていたように、善行レベルを上げることが先決らしい。

地図すら用意されていないが、とりあえずは真っ直ぐ歩いてみることにする。


少し歩いたところで、樹の腹が鳴った。

収監されてからというもの、ずっと満足のいく食事を摂れていない。慢性的な空腹がずっと続いている状態だ。


「空腹感まで再現されているのかよ。随分と凝った設定だな」


無論、食べられるモノなど所持していない。

木の実や果実が成る木も見当たらない。鳥でも撃ち落とそうかと青空を見上げたその瞬間だった。


とてつもない速さで、上空からなにかが迫ってくる。間違いなく樹に狙いを定めて。


「……鴉だッ!」


電脳世界の鴉は特大サイズだ。ヘリコプター程の大きさがある巨体が、時速20キロで襲いかかる。

樹は咄嗟に短剣を構える。

最初の威勢こそ良かったが、短剣の間合いまで差し迫った時には、強烈な風圧に怯まされて後方に倒れるように回避することしかできなかった。


「痛てぇ……やっぱり痛覚は健在か。血までしっかり出る仕様かよ」


大鴉の翼によって切り裂かれた二の腕。

新調した道着は早速破れ、紅く血が滲む。

舞い上がった大鴉は容赦なく、2回目の攻撃の姿勢に入った。


「逃げるな俺!あんな鳥がなんだ、ここでくたばって堪るか!」


樹は自身を鼓舞して立ち上がる。

巨体が迫ってきても怖気づかない。

しっかりと軌道を見極め、一瞬訪れる期を待つ。

大鴉の突撃をギリギリのところで避け、我武者羅に腕を振る。すると樹の握った短剣は、運よく大鴉の喉元に突き刺さった。


「ギィエエエッ!」


大鴉の甲高い悲鳴が轟いた。動きが止まったところで、ここぞとばかりに腕を振るう。黒い羽毛に何度も刃を突き立てて毒を流し込んだ。そして遂に毒の蓄積が溜まったのか、嘴から大量の赤黒い血を噴き出した。さらに連鎖するように、全身の傷口からも弾けるように出血を続け、それからはあっという間に息絶えた。


「俺が殺した。こんな化け物を」


樹は横たわる死体に手を触れ、ようやくこの世界の過酷さを肌で実感した。

そして魔獣に触れたことで、樹の脳内に新たな知識が流れ込んできた。


『大鴉』……危険度☆☆

巨大な鳥類の魔獣。肉食で性格は獰猛な個体が多く、度々被害が出ている。

魔獣の中では知能が高く、咎の炎の匂いにも敏感。


「ご丁寧に魔獣の説明文まで用意されている。触れるか倒すかで魔獣の詳細が分かるシステムってところか。……とりあえずは村でも探して善行レベルっていうのを上げないことには話にならないな」


段々と陽が沈み始めてきた。

雑草を踏み締めながら、樹は変わり映えしない平原をただ真っ直ぐ歩き続けた。



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