第7話 咎人組合

目が痛くなるほど眩しい朝日に照らされて、樹は目を覚ました。風の国特有の強風に肌を擦られ、重い瞼を上げる。当然だが、睡眠の質は高くない。


見張り役として先に起きていたジンが声をかける。


「起きたか。10分で支度を済ませろ、すぐに出発するぞ」


「はいよっと。ただどうやって移動するんだ?見た感じ、かなりの距離がありそうだけど」


「勿論、俺たち咎人は公共交通機関など使えないからな。だから、魔獣を使う」


困惑している樹を他所に、ジンは口笛を鳴らした。

すると上空を飛んでいた鳥の中の1羽が、突然軌道を変えて樹たちの方へ向かってきたのだ。


「デ、デッカい鳩だ!」


樹の言う通り、口笛に呼び寄せられてきたのは巨大な鳩の怪物だった。鳩はジンに偉く懐いているのか、彼の前に着地すると微動だにしない。ジンが頭を撫でると、喉をクルクルと鳴らして喜んだ。


「テイムの魔法を覚えれば、危険度の低い魔獣は飼い慣らすことができる。触ってみろ」


「凄い……まるでペットみたいだ」


従順な大鳩は樹も寛容に受け入れ、背中に跨ったりしても暴れたりする様子はない。

樹とジンが乗っても、大鳩は難なく大空へ羽ばたいた。前に座るジンが鳩の首を叩きながら方向を伝えて、風の国の都へと舵を切った。


白雲の隣を滞空すること数時間。初めは恐怖に震えていた樹だったが、怖いもので数時間もすれば身体が慣れてくる。


ジンの右腕につけた銀時計がちょうど正午を指した時だった。遠くに一際大きく目立つ建造物が見えた。広大な敷地に聳え立つ壁。明らかに他の街並みと雰囲気が異なる。樹の視線が釘付けになっていたことに気づいたのか、ジンが解説に入る。


「アレが『風帝城』だ。文字通り、この国を統治する風帝の為の城だ。この馬鹿げた規模がこの国での力関係を表している」


「風帝が絶対的な権力を握ってるって訳か。いかにも面倒そうだな」


「そろそろ降りるぞ。しっかり掴んでおけ」


ジンが大鳩の頭を叩くと、それに呼応するかのように急転直下、地面に向かって垂直に降下していく。スレスレのところで減速しながら滑るようにして着地すると、2人に別れを告げ、また大空へと飛び去っていった。


『ようこそ。風都、翠嵐へ!』と書かれた巨大な門の前に2人は辿り着いた。

見ての通り、この門を潜った先が風の国の都『翠嵐』だ。

今朝までの地平線が続いた平原とは打って変わって、行き交う人で溢れ、歓声で賑わうような騒がしい街だった。


「す、凄ぇ。日本の都市ともまた違う感じだ。それになんだか、風車が沢山建てられてるんだな」


「この国は風が強い。だから、この国のエネルギー源はそれを利用した風力発電が主流なんだ」


街並みや建築様式は西洋のモノに似ている。

しかしゲーム世界だからか、街行く人たちの顔立ちや肌の色はそれぞれだった。


樹らは遂に門を通り抜けて翠嵐の街に足を踏み入れてみた。すると早速、活気の良い中年男性の声が鼓膜に飛び込んできた。


「さぁ安いよ安いよ!ウチは地域最安値だよ!武器から回復薬まで、必要なモノはなんでも揃ってるよ!」


誘い文句にまんまと釣られてしまった樹。

好奇心に負けて、声の方へと足が吸い寄せられていく。


「ちょっと俺、見てくるぜ?武器はともかく消耗品とかのアイテム類が全然不足してるんだ!」


「あっ!おい!お前が行っても……」


ジンが忠告するより前に、樹は店主の男性へ話しかけに寄っていた。


「回復薬とかあると欲しいんだけど。いくら?」

「あぁん!?ウチは咎人にモノ売る気はねぇんだよ!さっさと失せやがれ下衆が!」


樹の顔を見るなり店主の親父は激昂し、小銭を引っ掴んでブン投げた。硬貨は樹の額に直撃し、キンッと甲高い金属音を立てて地面を跳ねる。

すると見ていた周りの野次馬達が一斉にギャハハ!と樹の醜態を指差して笑った。


「クッソ、なんなんだよ……この街は」


「当然だ。俺達は咎人だからな、普通の人間と同じように扱ってもらえる訳がない。アイテムが欲しけりゃ落ちているのを探し回るか、闇商人を頼るかしかない」


「俺は冤罪だってのに。納得いかないぜ」


「いつまでもそんなことを言っても仕方がないだろう。とりあえずは善行レベルを上げることに専念するんだ」


額を押さえる樹を諭すジン。

そこに、樹と店主のやり取りを見ていたのか怪しい集団が近づいて声を掛けてきた。


「お前達、見ない顔だなぁ?咎の炎があると色々苦労するだろ。そこでどうだ、俺たちの仲間にならねえか?」


提案を持ちかけてきたのは、スキンヘッドで頭皮に刺青を彫った強面の男だった。全身を漆黒で包み、腰回りには髑髏のベルトを巻いている、いかにもな風体だ。そして彼の後ろには部下のような者達がゾロゾロと控えている。


その誰もが、頭の上に咎の炎が宿っていた。

戸惑う樹に男は続ける。


「この世界じゃ俺たち肩身が狭いだろう?だったらもう、俺たちは俺たちで好き勝手やってやろうや」


「なにが言いたい?」


「こんな理不尽なシステムの中で善行レベル10までなんて上げられるかって言ってんだ。だったらもう現実の世界に戻る可能性なんて捨てて、こっちで暴虐の限りを尽くすんだよ!なぁ?」


男が振り向くと、部下たちは同調して笑う。


「ガキ、お前も人殺しなんだろ?良い格好してねえで、俺たちとハッチャケようぜ。金も盗み放題、人は殺し放題、女は攫い放題。最高だろ」


男はこの世界の咎人を集めて徒党を組んでいるのだ。ただ、樹には彼の過激な思想は到底理解できなかった。


「……お断りだ。お前達のような底無しのクズどもと一緒にするな。反吐が出る」

「おいガキィ?口の利き方には気をつけろ。ここらの咎人を集めて仕切ってるのは俺様だ。翠嵐で過ごしたきゃ、土下座しながら俺の靴を舐めな」


男は悪い笑みを浮かべながら、先端の尖った革靴を差し出した。

だが勿論、樹の答えは NO だ。それにはジンも異論はない様子だった。

樹が頑として断り立ち去ろうとするも、そう簡単に見逃してくれるハズもなく、背後から聞こえる怒号に呼び止められた。


「この世界は、俺様に逆らったらゲームオーバーなんだよ」


スキンヘッドの男は懐から黒い光沢のある拳銃を抜き、銃口を向けた。

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