第46話 帝国の最高戦力

「お兄ちゃん!ベルナールさん1人置いてっちゃって大丈夫なの!?」

「心配すんな、アイツは強いぜ。俺が保証する」


結衣は不安そうな顔をしながらも、樹らに連れられて大広間の奥に繋がる暗闇の通路へ。ただ1人、逆走して入口の方へ駆けていく者がいた。


——ヤスケだ。


リウがこの場をベルナールに任せると判断した一方で、彼もまた離脱することを総督へ訴えていたのだ。


「総督!ランカから救難信号がオラに届いた。きっとピンチなんだ、オラが行く!」


「……そうですか。ではヤスケ、貴方は必ずランカを助けてあげなさい」


こうしてリウを筆頭にジン、樹、結衣と革命軍のメンバーは先に進むことを決行。

ベルナールはこの場でナーガの相手を、ヤスケは入口へ迎撃部隊の助太刀へ向かう構図となった。


しかし、水軍連中が易々とこの先へ通す訳がない。

ベルナールへ向けられた銃口はそのまま角度を変えて、走るリウ達の方へ。そして躊躇する間もなく引き金が弾かれ、連鎖的に銃声が鳴り響いた。


しかし突如出現した氷の壁によって、彼らの銃弾は全て阻まれた。

水の張った床にチャポンと弾丸がだらしなく着水する音。

魔獣達は、気づかないうちに自身が氷の籠に包囲されていることに気づいた。


「コレはなんでゲスか!あの男の魔法でゲスか!?あの男、何者でゲスか!?」


ベルナールを指差して取り乱す部下の魔獣たち。

ナーガはリウ達をみすみす逃したことに舌打ちをして、堂々と構える眼前の男の素性を説明し始める。


「あの男は帝国騎士団の最高戦力。剣術は元より、全ての属性の魔法を高い水準で扱う。実力で言うと隊長クラスだ」


「ヒッ、ヒィッ。そんな奴に勝てるでゲスか!?」


「……勝つしかない!俺達は隊長の為に命を捧げると誓っただろ!そんな弱腰でどうする!」


綻んだ魔獣部隊をナーガは一喝して締め上げた。

単純故にある種、人間より確かな忠誠心。厄介な相手には違いなかった。


「随分と俺の実力を買ってくれているようだな。魔獣の間にも俺の名が轟いているのは嬉しい限りだぜ」


「当然だ、各国の重要人物は頭に入れてある。まさか国を捨てて咎人などと旅をしているとは知らなかったが」


「ところでその銃……撃たないのか?玩具じゃないんだろ?」


ベルナールが標的にしたのは、ナーガの背後に控える魔獣達だった。


各々銃を構えながらベルナールの一挙手一投足に神経を集中させているが、ナーガから指示が無いことから冷戦状態が続いていた。血の気が多い魔獣達は、挑発されたことで殺気立つ。


「最高戦力だかなんだか知らないでゲスけど、生意気でゲス!この量の銃を向けられていて、怖くないでゲスか!?」


「面白いことを言うな、銃が怖くて軍人が務まるか?」


部下達は鬱憤を溜める一方で、ナーガは冷静にこの状況を分析していた。



(あの余裕……我々は明確に誘い込まれている。ただしこのまま膠着状態のままでは埒が明かないな。ここはひとつ、敢えて誘いに乗ってやるか。魔法を使うにしても握っている剣が邪魔で一拍遅れるハズだ、手元さえ警戒しておけば)



覚悟が決まった。ベルナールの手元から視線を逸らさないまま、ナーガは命じる。



「全員構えろ!3……2……1……撃てッ!」



爆音が響く。銃声が轟き弾丸の雨が撃ち込まれたと思ったが、そうではなかった。

魔獣部隊が引き金を弾いた瞬間、漏れなく全員の銃が暴発して爆発。不意な爆風に巻き込まれた魔獣部隊は痛手を負った。


どういう理由か銃口になにやら硬い物質が詰められており、それが暴発の原因となったのだ。


状況を飲み込めず動揺を隠せないナーガ。あっという間に壊滅した部下達。唖然としていた彼の後ろに、もうベルナールはいた。


ずっと動きを注視していたつもりだったが、一瞬の気の緩みの隙に眼前から姿を消していたのだ。それに気づいた時には、背中に気配を感じるという速さ。


ナーガは軟体を活かして身体を捩じるように振り返り、片腕を犠牲に剣閃を間一髪で妨げた。差し出した腕が剣の威力を和らげて一命を取り留めたナーガ。


腕は1本確かに失ったが、これは反撃の機会でもあった。


彼が腕に仕込んでいた毒袋が破裂し、黄色く酸味の強い刺激臭が漂う。

返り血と一緒に、剣を握る腕に毒液を浴びたベルナールは、すぐに異変に気付いた。


「痺れるな……この感じは麻痺毒か」


「危なかったけど、これで形勢逆転だな。俺の麻痺毒は長引くぜ。これで剣は握れないし、魔法もロクに結べない。流石の帝国騎士もこの状況、簡単には覆せまい」


毒の説明の通り、腕の筋肉が硬直したベルナールは遂に剣を離してしまった。

意図せず落下した剣は、水に浸かり沈んでいく。

銃の暴発で負傷していた魔獣達も、再び戦意を取り戻して立ち上がり始める。


「なにが起きたか分からなかったでゲスが……ナーガ様が一矢報いたみたいでゲスね。剣も魔法も使えないお前など怖くないでゲス!」


先程の仕返しに、ここぞとばかりに追い討ちをかける魔獣達。


嬉々として飛びついたがベルナールは動かない。

意気揚々と襲い掛かった魔獣達は、突如地面から生えた円錐型の岩石に貫かれて、あっという間に天井付近で吊るされた。


また一瞬の出来事。ただ今度はナーガが間違いなく一部始終を見ていた。

ベルナールの指を穴が開くほど観察していたのだが、彼の動きに不自然な点はなかったのだ。


(――ということは、考えられるのはひとつ。設置型の魔法を、既に仕掛けていたということだ!時限式か、なにかを引き金として誘発する!)


ナーガが察した時にはもう遅かった。


視界が突然暗くなったと思ったら、幾枚もの岩板が地中を突き抜けて出現し、瞬く間に岩牢の中へ幽閉されたのだ。その姿はまるで岩の蓑。


毒液での攻撃は強烈だが、この状況を打開するだけの爆発力はない。

自力での脱出は不可能だ。

完全に身動きを封じられたことで、あっさりと勝敗が決した。


ベルナールを襲った魔獣部隊は壊滅。

彼はこの石の大広間に入った段階で、既に幾重にも罠を張っていたのだ。


「毒使いだということが分かった段階で先に仕込んでおいてよかったぜ。片腕はしばらく使い物にならないが仕方ない。俺はこのまま先に進ませてもらう」


力なくブラ下がってしまった右腕を庇いながら、ベルナールは樹達の後を追った。


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