第45話 突撃!霞城
――水の国の都、蒼瑠璃。
「貧乏人の皆さん、さぁ納税の時間ですよぉ?」
肩で風を切りながら城下町に現れたのは、水軍の鎧を着た政府の役人達だった。
彼らの登場に喜ぶ市民はいなかった。怯えるか、侮蔑の視線を送るかだ。
政府の役人は順番に家を回って税を取り立てていく。
「税金の未納分があるんでねぇ、早めに支払っていただかないと困るんですよぉ」
「ぜ、税金税金って!俺達みたいな弱者からどれだけ搾り取る気だ!だいたい俺達の収入と照らし合わせて金額に妥当性がないだろ!」
最初は温厚な態度の役人だったが、住人が半狂乱で訴え始めたのを見て態度が一変。
役人の男はヌッと顔を近づけて、喚く市民の胸ぐらを捩じり上げた。貧困に喘ぐ市民を心の底から蔑んだ顔で、一蹴する。
「国を恨む前に自分の能力の低さを恨みましょうよぉ。自分が無能なことを棚に上げてロクに稼ぐ努力もせず文句ばかり……それはさぞ楽でしょう」
「は、離せ!お前達のような役人には分からないだろ。稼ぐための努力?こんなに根こそぎ巻き上げられちゃ、努力する気にもならねえよ!」
憤りを抑えられなくなった市民の男は、役人の胸ぐらを掴み返して吠える。
役人は吐瀉物でも顔に浴びたように、露骨に表情を顰めた。役人への暴行はご法度だ。この国における貧困層の立場は著しく低い。
掴みかかってきた市民の痩せ細った身体をボロ雑巾の如く乱雑に投げ捨て、横たわる男に警告する。
「この世は『搾取する側』と『搾取される側』だけ。搾取する側に回りたいなら、死ぬ気で稼ぐ努力しましょうよぉ。他の弱者を顧みず、利用して、蹴落としながら自分だけが稼ぐ。それができないなら、妬むのは止めましょうねぇ」
「そんな世界間違ってる!この国には革命が必要なんだ!」
「危険な思想ですねぇ。こういう芽は摘んでおかないと」
後続の役人たちが、1人の咎人の男を連れてきた。
その薄汚れた身なりの咎人は手足を縛られ、口には布を噛まされている。
男は抵抗して暴れているものの既に全身見るに堪えない傷だらけで、経過を想像するだけで市民たちに悪寒が走った。
「この男は革命軍に加担した咎人です。政府に仇なす者がどうなるのか、その目にしっかり焼き付けておくといいでしょうねぇ。まずは右腕……」
「ウグッ……ばめ、ばめでぐゔぇ!だのぶ……ばのぶよォッ!」
咎人の慟哭虚しく、役人は笑顔で剣を振り下ろされる。
人体は容易く鮮やかに斬れた。腕は宙を舞い、断面からは赤い噴水が暴れる。
悶える咎人と、凄惨な現場に慄く市民たち。青褪めた顔でガタガタと震える彼らに、役人は爽やかな笑顔で応じる。
「革命家気取りの女に縋ってもなにも変わらないですよぅ。現実を変えたいなら、自分の力で切り拓かないとねぇ」
間もなく咎人の左腕が飛び、市民たちの足元にゴロゴロと転がってきた。
――霞城周辺。
ランカを始めたとした遠距離戦を得意とする船員たちのおかげで、城への航路を阻む魔獣は一掃することができた。そして革命の旗を掲げた一行はいよいよ瘴気の中へ。
海上に建設された不気味な城。
武装した革命軍たちはゾロゾロと降り立ち、魔獣が巣食う城内へと歩を進める。
湿気が高く、城内も足首あたりまでは浸水している為かなり動きにくい。
そしてなにより、気をつけないといけないことがある。
「背後に注意を!ランカを始めとする迎撃部隊は、入口を塞ぎながら魔獣の侵入をなんとしてでも食い止めてください!」
前線を張るリウが軍の指揮を執る。
城の周りを囲う海洋には、血肉に飢えた魔獣たちが無数に生息している。それらが一斉に雪崩れ込んできた暁には、革命軍の勝利はないと言っても過言ではない。
「リウ様、背中はランにお任せください!ランがちゃちゃっと調理しちゃいます!」
リウの周りの兵士が土属性の魔法などを用いて入口を塞ぎ、壁にひとつ小さな穴を開けておく。すると海洋に棲息する知能の低い魔獣達はその穴を覗くのだが、正確な射撃精度で控えている射撃隊が鉛の雨を浴びせる。その二重の網を潜り抜けてくる魔獣には、ランカの機関銃で鉢の巣にする三段構えだ。
ランカ達を信頼して前に進むリウら革命軍。
やがて灰色の石で覆われた殺風景な大広間に出ると、奥の通路の闇の中から刺客が現れた。
「隊長の手を煩わせるまでもない。俺がここで食い止める」
現れたのは、蛇の頭をした二足歩行の人型魔獣だった。
胴体には鎧を装着し、腰回りには剣も携えている。樹らは、魔獣が武装していることよりも流暢に人語を話す事実に驚きを隠せなかった。
「話に出ていた通りだ、魔獣が本当に喋ってるなんて」
「ここの隊長が随分と努力家な奴でな。とりあえず奴の詳細を見る」
ベルナールは素早く鑑定の魔法を発動させて、蛇頭の魔獣の情報を明かした。
『ナーガ』……危険度☆☆☆☆
水軍第三部隊に所属する特殊個体。通常種に比べて非常にIQが高く、人間の言葉を理解した上で会話ができる。口から吐く毒液は強烈。
リウから話は聞かされていたが、いざ人外が話すと違和感が凄い。
特殊個体の魔獣ナーガが蛇腹の見える腕を振るうと、後ろに構える武装魔獣達が揃って銃口を向けた。その統率度合いは人間の軍隊顔負け。魔獣の本能として流れる、野生の連帯感だ。
「俺達は別に産まれは特殊個体って訳じゃなかった。元々、人間の言語を理解していたのは隊長だけだ。隊長は俺達に丁寧に人間の言葉を教えた、人間が発明した武器の使い方まで」
ナーガは滔々と語る。その言葉には、確かな熱が籠っていた。
「隊長は俺達に『魔獣以上の生活』をさせてくれた。水軍としての確固たる地位を与えてくれた。感謝してもしきれない。だからこそ、この城は護りきってみせる」
ナーガが高らかに宣言すると革命軍からも1人、前に出る人物がいた。
「ここは俺1人でいい。まだ大将が控えている、お前らは先に行け」
指の関節をバキバキと鳴らし、ベルナールは鞘から剣を抜く。
そう語る彼の背中は勇ましく大きい。伊達に風の帝国で皇帝の右腕を務めていない。
彼の覚悟を受け取ったリウ達は、石壁の際ギリギリを走って奥の通路を目指す。
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