第10話 咎の運命

ヤスオの無属性魔法『見破る』によって、藍色をした巨大な蟹の情報が共有される。


『将軍蟹』……危険度☆☆☆

巨大な蟹の魔獣。素早い横移動と万物を砕く巨大な鋏が特徴的。両方の鋏を掲げて威嚇姿勢に入ると、強烈な水属性ブレスを放つ。打撃・斬撃には滅法強く、雷属性の魔法が弱点とされている。


「へぇ、ここまで分かりゃ充分だ。ジン、雷の魔法は使えるか?」


「あぁ。ただ生半可な魔法じゃ奴を怒らせるだけだ。魔法を撃つまでの間、引きつけておけ」


ジンが樹にそう頼むと、彼は魔法発動の姿勢に入った。邪魔させないように樹が陽動に動く。


対して、自分の仕事を完遂したヤスオはすっかり引っ込んで、木陰の後ろで彼らの勇姿を眺めていた。


この数日でもう幾度も修羅場を経験してきた樹。この頃には、魔獣を目の前にしてもほとんど恐怖を感じなくなっていた。


「あの蟹の素材で武器も装備も良いの造れそうだな。おっと、素材はあの女の子に譲るんだったぜ」


ジンの短剣を片手に、正面から突っ込む。

蟹の動きをよく観察していた樹は、足元に潜むのが最も効果的だと判断した。ここなら鋏もブレスも届かない。まずは振り回す鋏を避けて滑り込まないといけないが、ここで覚えた魔法が役に立つ。


無属性魔法『ビルドアップ』。


習得難度は低く、一時的に自身の運動能力を飛躍的に上昇させるという単純だが強力な効果だ。


一瞬の隙をついて懐に潜り込んだ樹。

まずは一撃、短剣をお見舞いする。しかし、岩石より硬い甲殻にはまるで手応えがない。


「なんだッこの硬さは!キズのひとつも付けられねえや。これじゃあ毒も意味ないな」


ダメージを与えることを諦めた樹は、小賢しく逃げ回る方針にシフトした。ジンの魔法が組み上がるまでの十数秒、蟹の注意を向けさせて挑発をすることに集中する。


「もうすぐ俺の魔法の効果が切れるぞ!ジン、準備はまだか!?」

「たったいま終わった。そこを退いてろ」


樹がジンに向かって叫ぶと、彼は巨大な雷の槍を投擲する構えで立っていた。

それからすぐ危険を察知した樹は一目散に離れ、同時にジンが両腕でブン投げる。


雷属性の中級魔法『稲光ノ槍』だ。

バチバチと激しい音を奏でながら、雷槍は空気を切り裂いて一気に蟹の腹まで到達する。


ベリベリベリッ!と落雷が落ちたような轟音。

蟹の甲羅は腹から裂け、疾る稲妻が貫いた。

気高く8本脚で立っていたのが一気に崩れ落ち、それはこの化け物蟹が絶命したことを意味する。


「なんて破壊力だ。俺の短剣じゃビクともしなかったアレをバキバキに砕くなんて」

「魔獣の弱点を突くことがいかに有効か理解できただろう。今回はヤスオの魔法のおかげで簡単に弱点を解明することができた」


魔法の代償にジンの腕は焼け爛れたように荒れていたが、彼は痛みに慣れているのか痛がる素振りも見せない。

それに、この電脳世界はゲームの世界。一度ぐっすり8時間程度の睡眠を取れば、どういう訳か出血や骨折などの傷は全回復する。


つまるところ、命さえ無事で生還できれば大きな問題はない。


その仕様を知ってからは、樹も怪我に対して過剰に反応しなくなった。


将軍蟹が動かなくなったのを確認して、後ろに避難していたヤスオが意気揚々と肩で風を切りながら出てきた。まるで全て自分の手柄のように。

そしてヤスオはその足で、未だ大木の影に隠れる女の元へ近づいた。


「お嬢ちゃん、いつまでビビッてんだって!オイラ達があの蟹は討伐したから、安心して出てきていいぜ?」


女性の腕を掴み、半ば無理やり彼女を引っ張り出してきたヤスオ。

彼女は困惑しながらも、3人に向かって頭を下げる。


「た、助けていただいてありがとうございます……」


彼女が礼を述べたことで、樹たち3人に変化があった。

善行を積んだことで、経験値が溜まったのだ。ただ、今回獲得した経験値は僅か。レベルを2に上げるには、少なくともあと10回は同様の人助けをする必要がある。


ただ善行レベルに変化が出たことで舞い上がったヤスオは奇行に走り始める。


「もっとオイラに感謝しろよ!ほら礼言うだけじゃなくてよ、女だったらやることがあんだろうがよ!」


ヤスオは上機嫌で彼女の頭を撫で、抱き寄せた。

あまりに急激な距離の詰め方に、女性は唖然としている。

彼の暴走ぶりを見てられなくなった樹たちが止めに入ろうとした時だった。


ヤスオはいつの間にか、腹部から激しく流血していた。


「テメェ……このクソ女ァ!命の恩人様であるオイラを、刺しやがったな!」


彼の言う通り、女の手にはしっかり奥まで差し込まれた形跡のあるナイフが握られていた。先端からは赤黒い血液が滴る。理性を失い激昂を続けるヤスオに、彼女は冷たく告げた。


「阿倍野 康雄。あたしがお前の名前を忘れたことはないわ」


「なんだクソ女ァ……オイラのこと知ってんのかよ」


「知ってるわ。あたしのお祖母ちゃんを殺した男の名前だもの」


衝撃の告白だった。これにはヤスオも驚き、そして吐血しながら苦笑いを浮かべた。


「……皮肉なモンだな。ゴフッ!あの婆さんの孫かよ」


「顔だけなら確証がつかなかったけど、ご丁寧にお前が抱き着いてきたからね。お前の忌々しい名前からなにから、全部バレバレなの」


「これから更生するつもりだったのに……オイラの邪魔しやがってクソ女が!」


最期の悪足掻きに怒鳴るヤスオだが、完全に光を失った目をした彼女は、容赦なくナイフを突き立てる。ヤスオの華奢な肉体に刃が刺さり、再び血が噴き出した。

ヤスオの掠れた悲鳴が響く。そこから彼女の理性のタガが外れたのか、ヤスオが意識を失ってなお、何度も何度もナイフを刺し続けた。


「お前のような奴に、更生の道が残されていい訳ないでしょ」


狂気に囚われた彼女と、凄惨な最期を遂げたヤスオ。

驚天動地の展開に樹とジンはその場から動けず、ただ成り行きを見守ることしかできなかった。


女が樹たちを一瞥。2人に緊張感が走る。


「お前らも殺されたくなければさっさと消えて。目障りだから」


本当にゴキブリを見るような、心の底から蔑んだ目で睨む女。

咎の炎を受け入れ、彼女の言葉に従うしかない。ジンは固まった樹の腕を掴み、狩場から大人しく去ることにした。


「咎人が一般市民や善良プレイヤーに手を挙げることは禁じられている。更生の為の監獄で罪を重ねて許されるハズがない、当然だ」


「もし悪事を働いたらどうなる?」


「帝国指名手配だ。帝国警備隊が総力を挙げて捕らえに来る。そうなれば、まず逃げられないだろう。そこからは言葉にするのも憚られるような拷問の繰り返しだ。死んでもすぐに生き返り、何事もなかったかのように再開される。まさに地獄だ」









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