第11話 闇商人

ヤスオを失った樹とジンは、引き続き2人で旅を続ける運びとなった。

授けられた剣士の装束は機動性が悪い。まずは樹の防具を仕立てないと始まらないが、プレイヤー用に用意された商人は咎人を相手にしない。


地道に落ちている硬貨を拾い集め、素材を調達して繰り返す。


市民やプレイヤーから依頼を受けようにも、目が合った瞬間に殺しにくるか逃げられるかで、まともな話し合いに持っていくことが困難だ。


「俺がこの世界に来てから5日か。結衣の件は未だ謎のままだし、善行レベルも1のまま。こんなところで足踏みしている場合じゃないのに……」


「そう思い詰めるな。目の前の山からひとつひとつ乗り越えていけばいい」


架空の収納箱に素材を詰めた2人は、再び翠嵐の街へ赴いた。


この数日間、咎の香に誘き寄せられた魔獣を死なずに狩り尽くしたことで、樹も電脳遊戯の世界に随分と適応してきた。


ジンから譲り受けた魔法書から様々な魔法を体得し、もう危険度☆☆程度の魔獣であればジンの手を借りなくとも楽に討伐することはできる。


「ジン、俺達は今から誰に会いに行くんだ?」


「闇商人だ。相場の5倍程度の金額と素材量を吹っ掛けて来るが、奴らは咎人も相手にする。咎人とは切っても切れない関係だ」


時刻は22時過ぎ。

強めの夜風が樹たちを歓迎する。

夜の方が治安は悪く、出現する魔獣も強力。ただ都市部では、夜の方が圧倒的に人口が少なく咎人にとっては身動きが取りやすいのだ。


「着いた、ここだ」


「ここって、ただの木の壁じゃないか!とうとう気が狂っちまったのか?」


「いいや、合ってる。闇商人という名の通り、彼らも大手を振って歩けるような商売じゃない。こういう隠れ家に忍んでいるんだ」


一見、なんの変哲もない木の壁にジンが手を翳す。そしてなにか魔法を唱えたのか手が光ると、ガコンッと鍵が外れたような音がした。


カモフラージュされて繋ぎ目はまるで分からないが、木の壁の中には扉が隠されていた。ジンはそれをガラガラと開けると、暗闇の中にぼんやりと蝋燭が灯っている空間があった。


「エサカ婆、邪魔するぞ」


「おぉ、これはこれはジンじゃあないかい。今日は仲間も連れて買い物かい?ヒッヒッヒッ」


「ああ、コイツの防具を買いにきた。良いのがあるか?」


ジンは早速、商談に入った。


部屋の真ん中に置かれた大きな木彫りの椅子に縮こまって座る老婆。

彼女こそが闇商人、エサカ婆だ。艶を失った白髪に皺だらけの肌。瞼は弛んで瞳も確認できないが、受け答えはしっかりしていて独特の風格がある。


エサカ婆の頭上には咎の炎がない。

闇商人とはいえ、犯罪を犯して投獄された訳ではないということだ。


「ジンや、ちょっと待っとくれよ」


エサカ婆は椅子からヨボヨボと立ち上がり、部屋の隅にある倉庫に向かう。その隙に、樹はジンに耳打ちで彼女の素性を尋ねた。


「おい、あの婆さん何者だよ」


「エサカ婆は咎人でもNPCでもない。つまりは『LIFE』をプレイしている現実の人間だ」


「なっ!?ということは、現実世界であんな婆さんがVRゲームに興じてるってことか?」


「可能性はあるが必ずしもそうではない。『LIFE』のプレイヤーは初めにキャラクリエイトを行う。自分好みの顔を選ぶか、自身の顔をそのまま投影するかは判断を委ねられる」


「なるほど……。どっちにしろ、あんなヨボヨボの婆さんでプレイしたがる奴がいるってことか」


エサカ婆について話していると、当の本人が戻ってきた。エサカ婆は、曲がった背筋であろうことか約5m四方の巨大なケースを担ぎ、樹たちの前で広げて見せるのだった。


「婆ちゃん、凄ぇ怪力だな」

「ヒッヒッヒッ!若いモンには負けんよ」


エサカ婆が運んできたケースには、様々な武具や防具が揃っていた。樹は色々な装備を手に取り、詳細を確認する。そして、その中で気に入った武器と防具をひとつずつ選択した。


『旋風銃』……レア度☆☆☆

・攻撃力……104

・特性……風属性【中】

・価格……480,000円

弾丸に風属性の魔力を乗せるリボルバー銃。着弾と同時に鋭い風の刃が華開き、ダメージを与える。


『軟金の鎧』……レア度☆☆

・防御力……40

・価格……360,000円

柔軟性に優れる金属『ティタニウム』を使うことで、頑丈さと機動性を高い基準で実現した。


『タツキ』

・所持金……39,800円



「合わせて84万円だと……。とてもじゃないが今の俺に払える額じゃない」


「出世払いだ。今は俺が立て替えてやる」


金額に渋る樹を遮り、ジンが横から札束を叩きつけた。扇状に広がる紙幣を、エサカ婆は唾をつけながら1枚1枚丁寧に数えていく。


「申し訳ない、ありがとうなジン。この恩は必ず返すぜ!」


「確かに84万円預かりましたや。この装備、どうぞ持っていきなさいや。それにしてもジンや、羽振りがいいねぇ、ヒッヒッ!」


「この男を脱獄させるのが俺の使命だからな。その為なら、金は惜しまん」



『ジン』

所持金……132,1000円→481,000円



樹は早速、今まで着用していた剣士の装束を脱いで軟金の鎧を身につけた。布切れと違い、金属の鎧はしっかりと硬い。

それでいて伸縮性があり、ストレッチが効いて堅苦しさがない。快適のひとことだ。


焦茶色の渋いデザインも、樹は随分と気に入っていた。同時に購入した拳銃も風を表す粋な模様が彫られたデザインで、樹の心を踊らせる。


「婆ちゃん。俺たちさぁ、善行レベルが一気に上がる依頼を探してんだけどさ、なんか心当たりないか?難易度が高くて誰も手を出したがらないとかさ!」


チマチマと依頼人を探して、こなしてを繰り返す生活に焦っていた。そもそも依頼人を見つけるのが難しく、難度の低い依頼では雀の涙に等しい経験値しか得ることができない。


魔法も充分に会得して装備も整えた。ある程度難度が高い依頼でも、樹には遂行する自信があった。


そこで、この謎に包まれたエサカ婆なら、デカい案件を持っていると踏んだのだ。


樹の抱いた直感は、見事に的中した。


「力が漲っとるのぉ、若いの。ヒッヒッヒッ!お主のような死にたがりに、とっておきの依頼があるよ。ちょっと待っとくれ」


エサカ婆は立ち上がると、1枚の依頼書を持って戻ってきた。

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