第9話 咎の仲間

「怪我は無事か?超回復薬を飲ませたから、しばらく療養していれば良くなる」 


「ありがとな。傷なんか放っておけば治るけどさ、結衣が皇后になってるなんて、俺なにがどうなってるのか意味分かんねえよ」


警備隊に完膚なきまでに叩きのめされた後、捨てられた樹をジンが救出していた。

翠嵐の入り口となる大門から少し離れたところに簡易テントを建て、2人は今後の作戦を立てる。

未だ事態を理解できず錯乱している樹に、ジンは諭すように声をかけた。


「生きていると分かっただけでも大きな収穫だろう。故人はこの世界に潜れない」


「……確かに!よく考えてみればそうだ、ということは俺の冤罪も晴れる可能性があるってことか!」


「そういうことになるな。どうにかして外の世界にこの事実を伝えなければならない。まだ確証が掴めたわけではないが」


そんなことを話していた時だった。

外からテントを叩く音が聞こえたのだ。

懸賞金目当ての襲撃かとジンは身構えたが、どうやらそうではなかった。そこに立っていたのは、フードで顔を隠した身長の低い男だ。

頭の上には咎の炎が燃えている。罪人の証だ。


「やっと見つけた、アンタ達だろ!昼間に大門の前で暴れてた2人組!」


フードを外し、男は素顔を見せて勢いよく迫る。

恐らく、咎人の組合に勧誘してきた黒服の集団をジンが叩き潰した出来事を言っているのだろう。

ジンは彼を冷たく睨んで答える。


「いかにも。報復か?」


「まさか!オイラがアンタ達に敵う訳ねぇ。オイラはアイツらに脅されて、無理やり組合の末端として働かされてたんだ。それはもう、地獄の日々さ」


「なるほど。礼でも言いにきたのか」


「一目惚れしたんだ!奴等に屈さず、逆に返り討ちにするなんて俺は内心スカッとしたぜ。しかも帝国の警備隊に啖呵を切るなんて痺れるぜ!だから頼む、どうかオイラを仲間にしてほしいんだ!」


手を合わせて頭を下げる男に困惑する樹。

返答に困りジンに目配せするも、ジンはあまり興味を示さなかった。


「タツキ、お前が決めろ」

「……俺かよ。じゃあまず握手だ。アンタの素性を知りたい」


樹は包帯でグルグル巻きになった手を差し出し、男と握手を交わした。この接触により、お互いの脳裏に個人情報が赤裸々に映し出される。


『ヤスオ』

善行レベル1

本名……阿倍野 康雄

年齢……23歳

罪状……高齢者宅連続強盗殺人

所持金……17,000円

懸賞金……3,500,000円

備考……翠嵐咎人組合に所属。


(高齢者連続強盗殺人……これまたとんでもない下衆が現れたな。この世界でこんなことを言い出したらキリがないか)


罪状を確認した樹は、思わず顔を顰めた。

ルーナの件もある。このヤスオという人物を信頼していいかどうか、樹には判断がつかない。

ただヤスオは真っ直ぐな瞳でさらに懇願する。


「初めてなんだよ!咎人なのにこんな綺麗な目をしてる人達を見たの。きっと本気で罪を反省して更生しようとしてるんだろ?オイラも同じなんだよ。しっかり徳を積んでここを抜け出して、現実世界で償いたいんだ」


「いや、俺は……」


俺は冤罪でブチ込まれただけだ!と反論しようと思ったが、樹はすんでのところで言葉を飲み込んだ。

そしてヤスオの必死な訴えを信頼し、彼を仲間として引き入れることを許した。


「俺達はあくまでも善行レベルを上げることが目的だ。それを履き違えるなよ」


「勿論だぜ!タツキ、ジン。これからよろしく頼むぜ、一緒に真人間に生まれ変わろうな」


新たな仲間を加えた樹達は、簡易テントの中で夜を明かした。

そして明朝、善行レベルを上げる作戦を練る。


「ジン、オイラ達はどこに行くべきなんだ?」


「呑気に翠嵐の街を歩いていると襲撃されかねない。その辺の市民から依頼を受けるのは難しいだろうな」


「お、おい!じゃあどうするんだよ!せっかく俺たち翠嵐まで来た意味がないのか?」


立ち上がる樹に対して手を伸ばし、そう焦るなと言わんばかりにジンは牽制する。


「この近くには魔獣の狩場がある。そこで苦労している奴に、無理やり恩を売るのが早い」


ジンの提案はこうだ。

魔獣に苦戦しているプレイヤーを手助けして一緒に討伐する。素材などは全てプレイヤーに授け、感謝される。こうすることで善行レベルの経験値を積むことが可能だという。


「そうと決まれば早速行くしかないぜ!オイラ達に倒せない魔獣なんてねぇ!ガハハ!」


すっかり気を大きくしたヤスオは豪快に笑って音頭を取る。陽が昇り気温も暖かくなり、行動に移すにはいい時間だ。彼らは近くの狩場へと移動した。


すると、狩場にはおあつらえ向きの女性がいた。

ソロで巨大な魔獣に挑んでおり、実際に苦戦している感じが伝わってくる。


女性は20代充実した装備とも言えない。魔法の腕も特筆すべき実力はない。

対して、対峙している魔獣は巨大な蟹の魔獣だ。その巨体の割に横移動が素早く、強靭な鋏に捕まると生きては帰れない。1人で立ち向かうのは少々無謀だった。


そんな彼女を救出すべく、颯爽と向かっていくヤスオ。そして彼女の近くまで迫ると、格好をつけた口調で高らかに宣言する。


「お嬢ちゃん!オイラ達が来たからにはもう大丈夫だ!助けてやるから、下がってな」


突然の咎人集団の乱入に露骨に警戒する女性だが、彼女はこの段階でかなり傷を負っていた。背に腹はかえられない。彼女はヤスオの言う通りに、一旦後ろへ退いた。


「ヤスオ、お前の使える魔法は?」

「オイラは魔法も剣術もてんで駄目で……使える魔法も1つだけなんだよ。ヘヘッ」


さっきまで息巻いていたのが嘘のように、ジンに問われたヤスオは縮こまっていた。ペロッと舌を出して頭を掻くヤスオに、ジンと樹は呆れてため息を吐いた。


「その1つの魔法って逆になんだよ。いま使って見せてくれよ」

「任せろ、オイラの出番だな? オイラのとっておきは、無属性魔法『見破る』だ!」


ヤスオが難なく指を結んで魔法を発動する。

魔法を唱えるにあたって組む運指は複雑な動きではないが、流石コレだけを極めてるだけあって発動までは流れるような手捌きだ。


両手の指で四角を作り、その枠に対象物を収めることで発動する。魔獣であれば名前や危険度は勿論、弱点や習性なども丸裸だ。


「……見えた!」


ヤスオが叫んだ時、3人の脳内に巨大な蟹の魔獣の情報が自然と浮かんできた。

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