第13話 天峰山
帝都、翠嵐から数km離れた場所に存在する巨大な風車。風の帝国で暮らす人々は、この場所を『風車の塔』と呼び親しんでいる。
例に漏れず今日も強風が吹き荒れ、風車はグルグルと回り続けている。
風車に腰掛ける感じでフウカの到着を待つ2人。
時刻が12時を回った頃、突然フウカが目の前に現れた。まるで瞬間移動してきたかのようだ。
「すいません、お待たせしました」
「いいや、全然待ってないぜ。しかし依頼書によると天峰山って場所は結構遠いみたいだな。ジン、また魔獣を捕まえるのか?」
依頼書には天峰山の位置が示されている。
地図の縮尺の上でも、翠嵐からは遥かに離れた場所に位置する。人力で向かうには途方もない距離だ。
「魔獣を呼んでもいいが……それにしても2日は空の上だろう。地道に行くしかないか」
ジン達が頭を悩ませていたところ、フウカが両手を差し出して言った。
「私が瞬間移動の魔法を使います。私の両手を掴んでください」
「瞬間移動の魔法!?そんな便利なモノが存在するのかよ!」
言われるがまま樹は彼女の右手を、ジンは左手を握った。それからフウカは目を瞑り、無言の瞑想の時間が流れる。
沈黙から約40秒。フウカが、カッとつぶらな瞳を見開いた瞬間だった。2人を連れた彼女の身体は、風車塔の前から瞬く間に姿を消した。
次に樹達が目を開けた時には、眼前に見たことがない景色が広がっていた。翠嵐より更に風が強く吹き荒れ、気温は寒く冷える。そしてなにより、聳え立つ巨大な山。山頂の付近は白い霧に覆われており、全貌が分からない。
ここが天峰山の近くだということは、すぐに理解できた。まさに瞬間移動だ。
「なんてこった……本当に瞬間移動してる」
「咎人の皆さんには仕様で扱えない魔法のひとつです。行ったことのある場所にしか行けないということと、頭に鮮明に景色を浮かべないと移動できないという欠点はありますが」
驚嘆する樹に対して、フウカは冷静に解説する。この魔法については博識なジンでさえ知識がなかったようで、かなり面食らっていた。
「こんなに便利な魔法が……。君は咎人の俺たちに力を貸してくれるのか?」
「はい。私には2人とも悪い人には見えませんので。それに、咎人の方達と一緒に旅ができるのは良い経験です」
フウカは、この世界では珍しく咎人に対して恐怖を示さない。かと言って、樹達を騙してやろうなどという悪意も感じられない。彼女に対する印象は、現時点では謎に包まれている女性という具合だ。
「俺達と一緒にいるのが良い経験って、いったいどういうことだよ?」
「私は大学で犯罪心理学を学んでいますので。こんな身近に犯罪者と時を過ごせるのは非常に興味深いことです。理不尽に堪えてでも、社会復帰を目指して更生しようとするのかどうか」
「俺達は研究材料ってことかよ」
「まあそういうことです。でも安心してください、危害を加えられない限り私から攻撃はしません。一緒に旅をする上で最低限の助力も行います」
「俺達だって別にアンタに何かしようなんて考えちゃいねえよ」
天峰山の麓に辿り着いた3人。
圧巻の規模に、思わず見惚れてしまう。
ロクに整備もされていない斜面の山道を登らなくてはいけない。この先はフウカも踏破したことがないらしく、瞬間移動も使えない。
歩き始めた一行は、目の前に赤く『警告』と書かれた看板を発見した。
『警告!この先、危険区域につき侵入禁止』
ボロボロになった看板に、識別も難しい程度に剥がれた警告文。ただその先も靴の跡のような形跡が絶えないのは、この警告文が意味を成していないことを示している。
「ジン、行くだろ?」
「当然だ。こんな警告文で引き返すような奴は、この世界にはいない」
暴風に抗いながら山道を登っていくこと数分。早速、危険区域の洗礼を浴びることになる。咎の香りに誘われて、最初の砦が姿を現した。
斜面の上から見下ろすように睨むのは、巨大な大猿の魔獣だ。頭上には、王冠を模したような紫の炎が揺れる。この大猿はよほど凶暴なのか、目が合うや否や攻撃を仕掛けてきた。
大猿は地面に腕を突き刺し、地盤の塊を掘り起こして掴む。そしてそれを剛腕で軽々と持ち上げると、野球ボールでも投げるかのように投擲した。
「危険だ!下がってろ!」
咄嗟に前に出て魔法を唱えるジン。一瞬で氷の巨大な壁を作り出し、ひとまず攻撃を阻止することには成功した。ジンの指先が赤く滲む。魔法の代償だ。
ただ大猿は攻撃の手を止めない。今度はその巨体を跳躍させて、真上から腕を振り下ろす姿勢だ。
この筋肉の鎚に叩き潰された暁には、まず助からない。そしてこの攻撃にはジンの魔法も間に合わない。それに気づくと、彼は必死に叫んだ。
「避けろ!貰ったら死ぬぞ!」
「わ、わかった!」
ジンの指示で頭から飛び込むように緊急回避を行う樹。
そのコンマ数秒後に、上空から隕石の如く強烈な威力の一撃が降ってきた。
拳が放たれた場所は、それこそ月の表面のようにボコッと大きな穴となった。
こんなに派手に動き回っているのにもかかわらず、大猿はすぐに次の行動に派生する。全く疲れる様子は見せず、無尽蔵なスタミナで襲い掛かってくる。
天峰山に登る前までは自身の力を過信していたこともあり、樹は甘く見ていた。
だが、それは大きな間違いだったとすぐに気づかされた。
この山に棲息する魔獣は、今まで対峙してきた魔獣達とは格が違う。
「フウカ!あんた、戦闘の腕は!?」
「攻撃は全く役に立てません。私はサポート専です」
「なんでもいい!とりあえず、俺達に協力してくれ!コイツ、暴れすぎてあまりにも攻撃の隙が無い!」
ジンと樹に咎の香がある為、2人が大猿のヘイトを買っていたのに対して、フウカは割と自由に動き回れる状況だった。
フウカはそれに応え、静かに目を閉じる。そして再び目を開けた時、大猿の情報が樹達の脳内に流れ込んできた。
『閻魔猿』……危険度☆☆☆
天峰山にのみ棲息する巨大な猿の魔獣。頭に冠する紫炎が特徴的で、近距離での肉弾戦闘を好む。攻撃の合間に隙がなく、どれも一撃必殺級の威力を持つ。その反面で知能は低く、標的の認知をほぼ100%視覚で行っている。
「未知の魔獣と戦う時は、まず相手を知らなければなりません。情報は多ければ多いほど有利に働きますから」
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