第14話 フウカ

フウカが浸かったのは、かつてヤスオが使用していた魔法と同じ魔法だ。

対象の魔獣を分析し、有益な情報を導き出す。

閻魔猿の情報から着想を得たジンは、ひとつ策を閃いた。


(脳筋タイプの魔獣か。今のままでは手がつけられない。視界を奪って一旦、大人しくしてもらうか)


樹と初めて出会った時に使用した煙幕の魔法を素早く発動させる。

辺り一面が白煙に覆われ、予想通り標的を見失った大猿は混乱していた。

相手の攻撃の手が止まり余裕ができたところで、お互いに寄り合って作戦を練る。


「どうする?煙幕は一時的な足止めに過ぎない。この隙に俺が強力な魔法を準備する。その間、1人で足止めできるか?」

「結局いつもの作戦ってことだな。できるかっていうより、やらなきゃ死ぬだろ」


生死に関わる話し合いだが、フウカは特になにも発言しない。

咎人として送り込まれている2人は痛覚などが鋭敏に現実世界とリンクしているのに対して、『LIFE』のプレイヤーはあくまでゲームキャラを操作しているに過ぎない。

両者の死に対する重さは、あまりにも異なるのだ。


煙幕の目暗まし戦法は、思わぬ速さで突破されることになる。

未だ込み入った話し合いもできていない間に、吹き込む暴風が白煙を全て攫ってしまったのだ。


状況は完全に振り出し。

ジンが魔法の準備を始めたことを合図に、樹が1人前に出る。


「あれじゃあまともに近づけねえ!遠距離から攻撃して注意を逸らすか」


エサカ婆から購入した旋風銃を構え、引き金を弾く。

バシュッと風を裂く発砲音とともに、弾丸は真っ直ぐ大猿へ向かう。大きい図体だ。ある程度射撃の精度が悪くても、四肢のどこかには命中する。


風属性の特殊な弾丸は、着弾と同時に鎌風を発生させる。分厚い獣毛を刈り取り、肉を削ぐ。その威力は絶大で、食らった大猿は怯み、その場で悲痛な叫びを上げた。


「コイツは良い買い物をしたぜ。ただ凄い反動だ、1発撃っただけで腕がジンジン痺れてくる」


そして大猿も銃弾1発で沈んでくれるほど甘くはない。

むしろ半端に憤怒させたことで、動きのキレが上昇してしまった。

遥か上空、視界の外から規格外の拳が降り注ぐ。すんでのところで攻撃を回避するだけで手一杯で、とても反撃の機会を窺うことなどできない。


「チクショウ、また防戦一方だな。……防具の更新してなかったら、今頃すり潰されてるぜ」


余裕がなくなってきた樹は、思わずジンの方を振り返った。

ちょうどその時に彼の方も準備が整ったようだ。白く輝く両手に、氷の長槍が握られていた。各属性の魔力を槍型に具現化するのはジンの得意な攻撃方法だ。

その槍の長さも並の規模ではない。その大きさからは、確実に一撃で仕留めるという意思が伝わってくる。


「タツキ、下がっていろ!」

「待ってたぜ!そいつで息の根を止めてくれ!」


投擲された氷の槍は標的を追尾する性能があり、動き回る大猿に向かって軌道を変えて飛んでいく。槍の先端は心臓を狙うが、大猿は払い除けようと片腕を振り抜く。


大猿の腕力は伊達ではなく、決死の氷魔法も弾き飛ばされ、氷槍は地面に突き刺さった。だが、槍に触れた部分から急速に身体が凍り付いていき、右腕の拳から二の腕、肩まで一瞬で凍結した。


「凄ぇ!このまま全身凍っちゃえば身動きできないだろ!」

「いいや、奴は思ったほど知能が低いわけじゃないらしい」


氷が右肩まで到達した時、大猿は地響きのような咆哮をあげた。

そこから行動に移すまでは早かった。残った左腕でなんの躊躇いもなく凍った右腕を斬り落とし、被害を最小限に留めたのだ。


「ジン、今の魔法まだ出せるのか?」

「見ての通りだ。俺の腕はほとんど使い物にならない。あと1回できるかどうか」


ジンが中級魔法を使用した後は、いつも腕がズタズタに刻まれたような痛ましい傷を負う。彼の言葉に嘘はないだろう。

それに対して大猿は、片腕を失ってなお自身を鼓舞するように吠え、飛び跳ねる。

ここで樹達は戦慄し、気づいた。閻魔猿の本当の恐ろしさは攻撃力ではなく、この無尽蔵なスタミナと相手の攻撃をモノともしない耐久力だ。


さらに、急な斜面と安定しない凸凹な地面。そして激しく吹き荒れる横風と、地形や気候が不利に働き体力を奪っていく。


ここで心が折れかけた樹は、戦況を静かに見守るフウカに対して助けを乞うた。


「立会人のアンタに頼むのは筋違いかもしれないけど、アンタの力を貸して欲しい」

「構わないですよ。ただし私にできることは限られています。私はあくまでサポート専ですから」

「問題ない!この状況を打開できるなにか一手を打ってくれれば!」

「ではまず、魔力の回復からですね」


樹とフウカが言葉を交わしている間にも、大猿はジンを狙って無慈悲に攻撃を繰り出していた。


だが次の瞬間、大猿の残った左腕も、ジンによって斬り落とされてしまった。

ジンの手には、刀身が氷になった鋭い太刀。切れ味は抜群だ。


「俺の魔力が……回復している」


ジンの腕の傷はいつの間にか回復して元に戻っている。

そして氷の太刀を出現させてもなお、全く魔力の消費を感じていなかった。

それについてフウカが淡々と解説する。


「2人に回復魔法を撃ちました。致命傷でない怪我は即座に完治し、魔力量も元に戻すことができます。加えて、一定時間魔力を使用しても回復し続けます」


「それって、魔法を撃ち放題ってことか!?」


なに食わぬ顔でとんでもないことを言ってのけるフウカ。

常識を覆す性能に、樹は思わず大きい声が出た。


高度な回復魔法を、ものの数秒で完成させて2人に付与するという離れ業だ。

ジンと樹は、彼女がいかに優れたサポーターなのかを一瞬で理解した。


「そうですね。ただ、回復する速度も量も決まっていますので。それを上回る消費を続けるといずれ枯渇します」


「なんだそりゃ……チート級の魔法じゃねえか。よし、あとは俺に任せろ!」


両腕を失い平伏する大猿に、樹は銃口を向けた。


そして銃弾を1発撃ち込む。先程はこの時点でかなり身体に負担がのしかかり堪えたが、その反動すらも軽減されている。続けて弾丸を装填し続け、無防備な大猿に向かって撃ち込み続けた。


十数発撃ち込んだところで、驚異の生命力を誇った閻魔猿もようやく息絶えた。


最初の関門を突破したことで、樹は安堵に胸を撫で下ろした。








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