第15話 帝国騎士団

閻魔猿を倒し、天峰山の中腹に到達した。

気温はさらに冷え込み、強風に進行を阻まれながら3人はなんとか歩みを続ける。


ペースはかなり失速し、疲労も溜まってきた。

フウカの魔法でのサポートもありつつだが、蓄積された精神的な疲労が足を止める。

ここまでくると、周りの挑戦者たちの数もグンと減った。麓の方では他のプレイヤーをよく見かけたが、環境が厳しくなったことが影響してか人影を全く見かけなくなってしまった。


陽が沈んたことで過酷さは加速する。

相談の結果、3人はひとまず中腹の開けた山道を仮拠点として野宿することに決めた。仮テントが登場するのも何回目か忘れるほどだ。樹の組み立てる手際の良さは極まっていた。


「今夜はなんとかこれで寒さを凌ぐか。フウカ、耐寒の魔法とかないか?」

「既に魔法をかけていますが、完全に寒さを感じなくするのは不可能のようですね」

「マジかよ……なら我慢するしかないか」

「確かに積雪量や山道の凍り方を見ると、とっくに凍傷になっていてもおかしくない。せいぜい寒い程度で済んでいるのは魔法のおかげか」


大学生時代は自炊なんてせいぜいパスタを作る程度だった樹。

電脳世界でも凝った料理を作っている訳ではないが、包丁捌きは様になってきた。


「ほら、これ今日の晩飯だ。猿肉なんて食えるのか知らないけどな」


掌から出した炎で閻魔猿の肉を直火で炙り、その辺に生えていた香草で香り付けする。海水を煮詰めて造った塩を持ち歩いており、仕上げにひとつまみ塗す。

単純な工程だけだが、これだけでしっかり食べ物として完成する。


「加熱処理を行えば概ねの食材は問題ない。……うむ、美味いな」


「私は遠慮しておきます。そろそろログアウトの時間ですので」


ジンと樹が呑気に猿肉を屠っている中、別れの挨拶を残してしれっと消えるフウカ。

2人きりでしばらく静寂の間が流れた後、樹はずっと抱えていた疑問を思い切って投げつけてみた。


「ジン。あんた……本当に人を殺したのか?」


ジンの眉がピクッと動いたが、彼は表情を変えずに冷たく斬り捨てる。


「なにを今さら……。生温い幻想を抱くのは勝手だが、お前が思うほど俺はお人好しな人間ではない」


「嘘だ!アンタも俺と同じ、冤罪で投獄されたんじゃないのか?今まで出会ってきた犯罪者たちと、アンタは違うんだ!だいたいどうして、こんなに俺を手助けしてくれるんだよ!」


樹もつい熱くなり、語気を荒げて問い詰めるが、逆にジンに睨み返された。

彼の瞳は光はなく、寒気がするほど鋭い眼力だ。その一瞬だけ彼に憑依したように、ジンは恐ろしさを孕んでいた。


「それ以上は喋るな。俺は愛する女をこの手で殺した。過去のことは思い出させるな。次また同じようなことを言わせるようなら、お前も殺す」


初めて見たジンの一面に、樹は震えあがる思いだった。

怯み、竦み、なにも言い返すこともできなかった。

それでもまだ、樹は一縷の望みを捨てきることができなかった。


極寒の夜を越し、陽の明かりが朝の到来を知らせる。

樹が目を覚ますと、既にフウカが正座して待っていた。ジンも起きているのか、姿がない。


「ジンは?」

「ジンさんなら、少し電話してくると出ていかれました」

「電話……。誰かと連絡を取り合っているのか」


樹はその事実を知らなかった。

基本的には彼の方が早く起床することが多く、その時間に誰かと連絡を取っているのだろう。この『電脳遊戯』の世界の中では、素性を知っている者に対して通話で連絡を取ることができる。

通話の時間は1日約5分と限られており、お互いの承諾がなければ会話が始まらない。また、勿論お互いが電脳世界にいる状態でなければ通話することはできない。


フウカと会話を交わしたらすぐ、ジンがテントの中に戻ってきた。

外套に雪が乗っている。外は変わらず今日も吹雪ということだ。


「あと15分で出発だ。今日中に山頂付近まで近づいておきたい」


ジンが号令をかけると、なんの用意も済ませていなかった樹は慌てて支度を始めた。

魔法で空中に水の塊を生み出すと、それを掬ってバシャバシャと洗顔する。


簡易テントを収納し、今日もまた過酷な登山に臨もうと足を踏み出したところだった。彼らを呼び止める男の声が背後から聞こえてきた。


「ほぉ?こんなところに俺達以外の奴らが辿り着いてるとはなぁ?」


樹が振り返ると、そこには武装した4人組の兵士が立っていた。

それぞれがとても重厚な鎧を装備しており、その容姿から裕福な暮らしをしていることは見て取れた。先ほど喋ったであろう茶髪を長く伸ばした先頭の男は、顎を突き出して挑発的に続ける。


「まさか咎人の分際で翔龍に挑むつもりじゃないだろうな?貴様らのような劣等種は、田舎で老獪の介護でもしてポイントを稼いでおけよ!なぁ?」


男がゲラゲラと笑うと、取り巻きの3人も続いて白い歯を見せた。

突然現れた感じの悪い兵士たちに、樹はついカッとなって言い返す。


「龍でもなんでも倒すつもりだぜ?アンタら、早く行った方がいいぞ。俺達に先を越されないうちにな」

「……図に乗るなよ外道が。誰に向かって舐めたクチ利いてやがんだ?まさか、この高貴な紋章が目に入ってない訳じゃないだろうなぁ?」


男はそう言って自身の鎧を指差した。

鎧の左胸の箇所に、翡翠色で風を模した紋章が確かに刻まれている。

しかし樹は本当にその紋章がなにを意味するのか知らず、ジンとフウカに助けを求めた。すると、ジンが神妙な面持ちで解説する。


「あの紋章は『帝国騎士団』の紋章だ。喧嘩を売るのはやめておけ」


「その帝国騎士団ってなんだよ」


「風の帝国が有する精鋭部隊のことだ。警備隊の中でも極少数の、選ばれたエリートだけに与えられる。揉めると厄介だ、先を進むぞ」


男達を無視して樹の手を引き、その場を去ろうとするジン。

当然、帝国騎士達がその対応に納得するハズがない。茶髪の男がギリッと奥歯を擦らせて唇を噛む。そして遂には、彼らの背中に向かって魔法を撃つのだった。


男が魔法を放った瞬間、ジンたちの目の前に地中から生えてきた岩の壁が立ち塞がった。進行を阻む岩壁は推定10mはある。到底乗り越えられそうもない。


「下等生物の咎人風情が俺様を無視とは、いい度胸してるじゃねえか。ちょうど骨のある魔獣もいなくて肩慣らししたかったところだ。覚悟はできてんだろうな?」


茶髪の男は指を鳴らし、首を回して音を鳴らす。

そして鞘から剣を抜き、金属の擦れる音が甲高く響く。完全に臨戦態勢だ。







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