第16話 精鋭部隊

「ジン、アイツらやる気だぞ。どうすんだ?」


「……なんとか逃げる。素性を知られる前にな」


「に、逃げんのかよ。なんだか癪だな」


「俺達の立場を忘れるな。罪人と警官の関係だ。それに人数差でも分が悪い」


頭に血が上った樹に対してジンは冷静だった。

だが、逃げるにしても容易ではない。

正面には帝国騎士が、背後は聳え立つ岩壁に退路を断たれている。


ジンが小声でフウカに相談を持ちかけた。


「またしても頼ってすまない。俺達に、最大限の攻撃力上昇の魔法をかけてくれないか。数秒でいい」


「それは構いませんが……私の力を借りっぱなしのようでは、翔龍にはとても及びませんよ」


「その話は後だ!今はこの場を切り抜けることだけを考えている!」


「分かりました。では、攻撃力上昇の魔法を」


フウカは淡々と、命じられた仕事を全うする。

肉眼では追いつけない速度で指を組み合わせ瞬時に魔法を完成させると、いつの間にか彼女の手には木製の杖が握られていた。シンプルかつレトロなデザインで、持ち手の先には真珠色に輝く球体が施されている。


彼女が杖をひと振り。すると、その軌道を白銀の光が軌跡となって後を続き、その光の粒はやがてジンと樹の周りを包む。


「な、なんだこれ!凄く力が漲ってくるぞ!」

「彼女の補助魔法だろう。ただこのクラスの魔法は俺も経験したことがない。恐らくは上級クラスの魔法だろう」

「これならいけるぞ!一緒にこの壁ブッ壊すんだよな!?」


2人は帝国騎士達そっちのけで道を阻む岩壁と向き合うと、各々で最大出力の魔法を撃ち込んだ。通常の樹の炎魔法では、未だ初級に毛が生えた程度の威力に過ぎない。


これまではせいぜいが火炎放射器レベルの炎だったが、樹は自分の魔法の規模に驚いた。右腕から放たれたのは、龍を想起させる長蛇の業火の渦。螺旋に回転しながら、炎の龍は岩の壁に衝突する。


そして時を同じくして、ジンが生み出した氷の槍が同じ箇所に突き刺さる。

ジンの魔法の威力も格段に強化されており、両者の魔法がぶつかった点を中心に、岩壁に亀裂が入った。


そこから障壁が崩れるまでは早かった。ガラガラと砕け散る瓦礫の山に飛び込み、駆け上がるようにして乗り越えていく。後ろは振り返らず、一目散に走り出した樹たちを帝国騎士の男達は嘲笑った。


「ハッ!恐れをなして逃げ出したか咎人が!……この帝国騎士ベルナール様が逃げす訳がないだろう」


ベルナールと名乗った長髪の男は、後ろに控える大柄で屈強な大男に目配せする。

命じられていることに即座に気づいた大男は、亜空間から突然巨大な軽機関銃を取り出し、両手で抱え込むようにして豪快に撃ち始めた。


樹らは瓦礫の山に身を隠しながら銃弾の雨を凌ぐが、その隙に次の刺客が彼らの側に回り込んできていた。


帝国騎士の4人の中の紅一点。

派手な化粧に胸元がざっくり開いた露出度の高い鎧で武装した、臙脂の髪の毛を下ろした女騎士だ。


彼女は気づかぬ間に樹らに接近すると、握った槍で弧を描くように振り回す。


「ほらほら!逃げ惑いなさいよ犯罪者ども!」


攻撃は素早く、流れるような連撃で繋ぎ目がない。

息つく暇もなく、攻撃を避けるだけで精一杯だ。

切羽詰まった彼らに、ベルナールは更なる追い討ちの一手を打つ。


「お前も手助けしてやれ」

「承知しました。仰せのままに」


ベルナールが顎で指示すると、控えていた金属製のメガネの男が魔法を組み始めた。


発動の上で最後の運指を組み合わせた時、辺り一帯を囲うような巨大な魔法陣が地面に出現する。


魔法陣は不気味に光ると、すぐに効力を発揮した。

足には重りを、上からは鉄板で押さえつけられているような不自由さ。この世界の重力が唐突に数倍に膨れ上がったような、強烈な重苦しさに襲われる。


「……なんだぁ!?身体が自由に動かない」

「この魔方陣の中の重力を操作するタイプの魔法でしょう。私達には重く、そして彼らは軽快に動けるハズです」


フウカの考察通りメガネ男が発動した魔方陣の中では、厚化粧の女騎士の動きのキレが更に増す。動きが鈍くなった樹に、それを回避する身体能力はない。


「やべぇ!避けきれない……!」

「これでお終いね。バイバ~イ」


体勢を崩して1歩逃げ遅れた樹を、帝国騎士の女が見逃すハズがなかった。

鋭い槍の切っ先がグサリとひと突き。ちょうど鎧の接合部分である右脇の付近を、的確に貫いた。そして肉体を切り裂くように、横薙ぎに槍を振り回す。


飛び散る血液と、込み上げる激痛。


樹が思わず怯んで膝を曲げた時、今度は華麗な脚技で顎を蹴り上げられた。

女性とは思えない程の蹴りの威力。脳が揺れ、意識が混濁する。もはやまともに立ってすらいられない状態だ。


(クッソ……俺だって強くなったと思ってたのに……!)


無念の言葉は喉を通ることはなく消えていく。

遂に樹の瞼が閉じた時、いつになく大きな声でフウカが叫んだ。


「ジンさん!私の手を掴んでください!」

「えっ、あ!あぁ!」


ジンは言われるがまま彼女の左腕を掴んだ。

そしてフウカの右腕は、倒れ込んだ樹を抱えている。

不審な彼女の動きは、当然帝国騎士団からも咎められた。


「あんた、咎の炎がないから脅されて連れ回されてるかと思ったら、殺人犯を庇う気なの?幇助したらあんたも同罪よ、分かってるのかしら」


「私は、犯罪者の更生の可能性を信じているだけです」


フウカはそう言い残すと、天峰山まで飛んできた際に使用した瞬間移動の魔法を使って見せた。この仮拠点から少し下りた所にも、開けた踊り場のような場所がある。移動先はそこだ。


両手で2人を繋いだフウカは、文字通り一瞬でその魔方陣の中から姿を消した。


「……逃げられたわね。この魔方陣の中で、あの短時間で瞬間移動を完成させるなんてね。あの女、只者じゃないわ」


「構うな。恐れをなして逃げた雑魚どもを追いかけるほど、俺達も暇じゃないだろう?俺達の目的は、翔龍の討伐ただひとつだ」


「ベルナール様の仰る通り。我々は、ただ任務を遂行するのみ」


一連の戦闘で、キズひとつ負うことがなかった帝国騎士団の面々。皆、貫禄と装備に劣らぬ実力を備えている。風の帝国が誇る精鋭部隊の名前は伊達ではない。


消えた樹たちのことなど、彼らにとっては道中に転がっている石ころ同然。

何事もなかったかのように、一同は再び過酷な山道を登っていくのだった。

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