第17話 夢の琥珀

ジンと樹を連れて瞬間移動し、ベルナール達から逃れることに成功したフウカ。

積雪で白くなった地面に樹を転がし、容態を確かめる。


「出血多量。これは私の治癒魔法でも少し時間がかかりますね。薬に頼ることにしましょう」


ドロドロと止まることなく溢れる出血に、純白の雪が赤く滲んでいく。

仮想空間から取り出した収納箱より、フウカはひとつの薬品を引っ張ってきた。


「超回復薬です。死んでさえいなければ、コレと私の治癒魔法でどうにか復活できると思います」


彼女がコルクを開けると、ジンが阿吽の呼吸で樹の口を無理やりに開く。

深緑色の液体をトポトポと注ぐと、彼女の言う通り樹はすぐに息を吹き返した。


「ゴホッ!ゴホッ!痛ぇ……俺また死にかけてたのかよ。情けない」

「意識が戻ったか。傷口が塞ぐまでもう少し安静にしておけ」

「そんな悠長なこと言ってられねえよ。強くならなきゃ……痛たたた」


ジンの忠告を無視して立ち上がろうとするも、痛みが邪魔して上手くいかない。

言わんこっちゃないと呆れ顔のジン。

樹は怪我に屈して再び横になろうとしたが、なにか重大なことを思いだしたのか手を叩いて声をあげた。


「忘れてた!俺ってば、タダじゃ倒れねえんだよな」


鎧に備え付けられたポケットに手を突っ込むと、なにかを取り出した。

琥珀色に輝く、まるで宝石のように透き通った小石大の物体。見ただけではまるで何であるか判別がつかない。2人もこの謎の物体については初見だったようで、注目が集まる。


「タツキさん、この物体はいったい……?」


「さっきの女がペンダントにして付けてたんだ。蹴っ飛ばされた時に、一矢報いてやろうと思ってさ。まだコイツの詳細は知らないけど、見ろよこの輝き!きっとレア度の高いアイテムだ」


「盗んだのか。……お前、本当に冤罪か?犯罪者の素質あるぞ」

「……本当に更生の余地はあるのでしょうか」


「……あ、あれ?」


期待していた反応との乖離に慌てる樹。

しかし今さら返しにいく訳にもいかず、この謎の物体に触れて詳細を確かめる。


『夢の琥珀』……レア度☆☆☆☆☆

琥珀を砕き、飲み込んだ者に力を与える。体術、魔法の熟練度を飛躍的に上昇させる。


まず目に飛び込んできたのは、この琥珀のレア度だった。今まで目にしたことのない、最高レベルのレア度のアイテム。これには樹も興奮して立ち上がった。


「うぉおお!五つ星だぞ!」


「ほう……興味深い効果だな。金にするのか?どうする?」


「いいや、コイツはソレ以上の価値があるね。ジン、俺が使ってもいいか?」


「勝手にしろ。お前の戦果だ」


樹は難なく魔法で石槌を作り出す。

患部の痛みを我慢しながら、両手で一気に振り下ろした。うまく琥珀に命中し、バキッと砕けるような音とともに幾つかの欠片に分かれる。

これを複数回繰り返すと、宝石のような琥珀はキラキラとした粉末に形を変えた。


それを掻き集めて樹は口の中へ一気に放り込み、水で流し込んだ。強くなることに貪欲だった彼に躊躇はない。一刻も早く、結衣に会わなければならないのだ。


「に、苦ぇ……!」


喉仏が動いた直後、樹は露骨にげんなりした表情で味を評する。だが、ジンの興味はそこではなかった。


「味はいい。魔力はどうだ、強くなった感覚があるのかどうかだ」

「それもそうだ。試しに魔法撃ってみるか」


樹は得意とする土属性の魔法を撃ってみる。

初級魔法で唱える際の運指も簡単。土属性の初級魔法であれば、樹はかなり高い精度で放てるようになっていた。


土中から石板を生み出して攻撃を防ぐ魔法。

防御の際に使われる基本中の基本の魔法だ。

瞬間的に発生させられるのは、5m四方程度の大きさを1枚まで。


それが今はどうか。


樹が魔法を唱えると、彼を覆い囲んで五角形を描くように周囲に5枚の石板が出現した。大きさも遜色ない。そしてその魔法の代償としてキズを負うこともなかった。


「フウカに魔法をかけてもらった時みたいに、力が芯から湧き上がってくるような感覚だ。凄ぇ……しかも全然疲労感もない」


「上出来だな、タツキ。そろそろお前も、中級魔法の世界に足を踏み入れても問題なさそうだ」



――その頃、帝国騎士団。



「なに?琥珀を盗まれただと!?」

「恐らくはあのガキどもの仕業ね。……クソッ、今度会ったら殺してやる」

「帝国騎士団ともあろう奴が情けない。なんて失態だ!」


ベルナール達は琥珀を失ったことに気づいた。

心当たりはひとつしかない。自ずと犯人は樹に絞られた。

激昂するベルナールの足元で、膝立ちの状態で懺悔する女。


緊迫した空気の中、眼鏡の男がベルナールに尋ねる。


「ベルナール様、引き返して取り戻しに向かいますか?」


「もう遅い。今頃は奴らの胃の中だろうからな。琥珀を失ったことは癪だが……あんなモノがなくとも計画が狂う訳ではない」


「ベルナール様の仰る通りでございます。この帝国で我々に討伐できない魔獣など存在しないのですから」


「フン、お前の言う通りだ。風帝様に仕える帝国騎士団の中で最も強いのは、この俺様だからな。龍の1匹や2匹、なんてことはない」


「はい、ベルナール様の実力は帝国随一でございます。翔龍など敵ではございません」


取り巻き達が上手くベルナールの機嫌を取ることで、彼に再び笑顔が戻った。

彼は感情の起伏が激しく、かなり分かりやすい性格をしている。

その為、周りの連中は彼の機嫌を損ねないように気を配っているのだ。


彼らが再び山頂を目指して歩き続けてから数時間。遂に天峰山の頂上に到達した。

時刻的には昼を回っているハズだが、吹雪と白霧が遮ることで視界は暗く、まるで夕方のようだ。


山頂は拓けており広く、山道と違って傾斜も安定している。

霧を掻き分け、中心へ進んでいくと、巨大な黒い影が見えた。


両翼を折り畳んで身体を包み込み、丸く縮こまって微動だにしない。

瞳を閉じたまま、次なる挑戦者を待ち構える強者の風格。

天峰山の食物連鎖の頂点に君臨し、文字通り頂に鎮座するこの銀色の龍こそ、『翔龍ハリケイオス』に違いなかった。



「あの野郎、俺達が来てやったっていうのに呑気に寝てやがる。余裕ぶっこいていられるのも今のうちだぜ。コイツを倒して、俺達が正真正銘の最強になってやる!」


ベルナールが号令をかけた瞬間、4人の腕が同時に魔力を帯びて光った。

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