第18話 翔龍ハリケイオス

「……おい、生きてるか」

「なんと……か……」


龍の逆鱗に触れた帝国騎士達は、見るも無残な姿で地面を這いつくばっていた。

とはいえ、彼らも瞬殺された訳ではない。

陽が沈み、夜を迎え、そして翌朝に至るまで。彼らは戦い続けたのだ。

しかし所詮は人間。体力も魔力も限界が訪れる。

だが、龍の場合は話が別だ。その銀の身体には彼らが負わせた傷があるものの、激しく慟哭し、宙を旋回する余力はあるようだ。


「ベルナール様。私はもう身体が言うことを聞きません。ベルナール様だけでも、お逃げください」

「バカ野郎がァ……。俺もとっくに、そんな元気ねえんだよ」


弱った声で訴える側近のメガネに、掠れた声で応答する。

帝国騎士の誇り高き鎧は砕かれ、全身から血が流しながら横たえる。


翔龍は動かなくなったベルナールらに興味を無くしたのか、とどめを刺そうとしない。もはや眼中に入っていないのだろう。


帝国騎士達が諦めかけていたその時、彼らの耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。


「頂上っていうからには期待して来たけど、真っ白でなにも見えねえや」

「待てタツキ。巨大な力を感じる。それに、微弱な魔力もまだ残っているな」

「言われてみれば……。龍以外にも誰かいるってことか」


微かな魔力を辿ると、樹は臥せたベルナールと目が合った。


「お前はっ!昨日の帝国騎士の」


「フン……咎人どもか。悪いことは言わない、逃げることだ。貴様らの実力で敵う相手ではない」


「忠告どうも。でもアンタらが健闘してくれたおかげで、あの龍も随分と傷だらけじゃねえか。手柄は俺たちが戴くぜ!」


琥珀を宿して滾る樹は、ベルナールの忠告をまるで聞こうとしない。確かに翔龍の迫力は、かつて対峙した魔獣の比ではない。それでも、その畏怖を覆すほどに琥珀の力は自信を与えた。


単身突っ込もうとする樹だったが、そこでジンが腕を掴んで引き止める。なにか策があるようだ。


「待て。エサカ婆からの依頼は『翔龍の討伐』だけだ。それなら、より確実な方法がある」


「どういうことだよ」


ジンの意図を汲み取れない樹。

腕を掴んで阻むジンは、後ろに控えるフウカに目配せして合図を送った。


「あの倒れている帝国騎士の奴らを回復させてやってくれないか?俺たちが誰と龍を倒そうが、立会人として問題がなければ、だが」


「構いません。請負人が討伐に成功し、その証拠を持ち帰るのが達成条件です」


ジンらが勝手に話を進める一方で、聞き捨てならないと瀕死のベルナールが割って入る。


「貴様らと一緒に戦うだと……?帝国騎士が咎人に助けられて共闘するなど笑い草だ。そんな情けない真似できる訳がない」


「だったらここで野垂れ死ぬか?なに、風帝に武勇を語る際は好きに改ざんすればいい。お荷物の咎人連中を抱えて翔龍に討ったなんて感じにな。どうせ咎人の言うことなど誰も信用しない」


「ぐぅ……。だったらさっさと俺達に回復魔法をかけろ、まだ全員意識はある」


「そうこなくてはな」


ジンの持ちかけた交渉を、渋い表情だが受け入れたベルナール。指示を受けたフウカが、持ち前の回復魔法で倒れている帝国騎士の4人を次々と起こしていく。


回復魔法は時間の経過とともに体力や魔力を回復し、出血や痛みを和らげる。彼女が唱えた数分後には、立って走れるほどに復調した。


厚化粧の女騎士は樹の顔を見るや否や、血相を変えて突っかかる。樹の首根っこを掴み、ヒステリックに喚いた。


「このガキ!アタシの琥珀をどこにやった!」


鬼の形相で迫る彼女に、樹は薄ら笑いを浮かべながら自身の腹を摩る。


「悪いけどもうこの中だぜ。琥珀色のうんこが出てきたらアンタに分けてやるよ」


「こ、この……糞ガキィ!」


翔龍そっちのけで今にも一触即発の状況だったが、意外にも止めに入ったのはベルナールだった。樹の首を絞める彼女の手を取り、諫める。


「琥珀のひとつやふたつ、くれてやれ。まずは奴を討つ、気が済まないならそれが終わってからにしろ」


リーダーであるベルナールに命じられては、逆らうことはできない。

彼女は唇を噛み締めながら、指示通り手を離して龍の方へ向き直る。

ベルナールに助けられた樹は目を丸くしていた。

先日まで咎人を蛇蝎の如く忌み嫌っていた男だ。だが彼にも思うところがあったのか、少し心変わりしたようだ。


「咎人どもを赦すつもりはないが……命を助けてもらった身だ。しっかり筋は通す」

「なんだ、話が分かる奴で助かったぜ。ずっと戦ってたんだっけ?あの龍の弱点とかあるのか?」

「残念ながら目立った弱点はない。ただ奴は常時、強烈な風圧を放つ風を纏っている。迂闊に近づくことはできない故に、攻撃は遠距離魔法が有効だと言えるだろう」


説明の通り、龍は吹雪の衣に身を包んでいる。

周辺だけ風向きが変化し、意思を持った竜巻が動いているようだ。


共闘で方向性が定まってからは、ベルナールをはじめとする騎士団の連中が、先の数時間の戦闘で学んだ行動パターンなどを共有する。

例えば、ゆっくり真上に飛翔した後は上空から巨大な竜巻を発生させるとか、滑空しながら突撃してくる攻撃の後は前足で交互に2回、最後に尻尾で攻撃、などだ。


所謂、ゲームの世界の敵としてプログラミングされているので、行動はある程度パターン化されてはいる。勿論、数えきれない選択肢の中から見極めなければいけないのだが、予備知識としては充分だ。


するとここでようやく、翔龍が樹らの存在に気づいた。

眼光がベルナールを貫く。縄張りを荒らした帝国騎士達の顔を、忘れてはいなかったようだ。


龍は天を仰ぎ、嵐のような咆哮をあげる。

ビリビリと空気が震えるのが伝播する。

数分前までは優雅に曇天を泳いでいたのが、狩猟者の顔つきに変化した。


次の瞬間、龍の巨体が流星の如く降りかかってきた。

話に聞いていた滑空突撃のパターンだ。

それを察したベルナールが素早く指示を出す。


「逃げることだけ考えろ!全速力でフィールドの際まで避難するんだ!」


経験者は叫ぶ。暴力的な強風の塊が、凄まじい速度で突っ込んでくる。

巻き込まれれば、まず身動きが取れない。

バランスを崩して転がろうものなら、前足の切り裂き攻撃の餌食だ。


あまりの形相で訴えるので、自信過剰だった樹もこれには大人しく従った。

彼らがギリギリで端まで避難したところで、鋼色の流星が地面を削りながら滑り込んできた。その迫力は、ベルナールの忠告に聞いていた以上のモノだった。





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