第19話 決着
「ヤベェ、なんて破壊力だよ。一撃貰ったら致命傷だ、コイツはチンタラやってる時間はねえな」
龍の名に恥じない攻撃力に、樹は戦慄する。
ただ、攻撃の後には若干の隙が存在する。勿論、それはベルナールも気づいていた。
その僅かな隙に皆の注目を集め、人差し指で龍の翼を指し示す。
「魔獣討伐の基本は部位破壊だ、覚えておけ咎人ども。特にああいう空を駆け回る手合いは、先に片翼潰しちまうんだよ」
ベルナールの言う通り翔龍は万遍なく傷を負っているものの、特に右翼だけ損傷が激しい。彼らが集中的に攻撃を仕掛けた証拠だろう。
確かに空から引き摺り下ろせれば、攻略の難易度は大幅に下がる。彼の作戦は合理的で理に適っているものだ。
「攻撃部隊とサポート部隊で分ける。おい、準備しろ」
「承知しました!ベルナール様!」
ベルナールに命じられた女騎士と、眼鏡の帝国騎士の男が即座に魔法を発する。
2人で共同して造られた魔法陣。その色は毒々しく混沌とした黒紫色。半径3m程度の魔方陣は宙を移動し、翔龍の肉体を捉えると縛り付けるように絡みついた。
その途端、龍は苦しそうに叫び声をあげる。
毒々しい網に捕縛された龍の動きは、明らかに鈍くなった。
魔法にひときわ詳しいフウカが、樹の為に解説を加える。
「アレは対象にデバフをかける魔法ですね。私の魔法が皆さんを強化・回復するのに対して、動きを鈍らせたり弱体化させるものです」
「そこにフウカの魔法で俺達を強化してくれれば!」
「はい。攻撃力の上昇魔法などは重ね掛けすると限界に達して効果が薄れることがあります。なので、相手に弱体化の魔法をかけられる者がいれば、更に有利に戦いを進めることができるのです」
彼女が丁寧に説明していると、ベルナールから次の指示が飛んできた。
「女!俺達と咎人どもにそれぞれバフの魔法をかけろ!最大火力の魔法で一気に叩く!」
「……フウカです」
「チッ、こんな時に。フウカ、早くしやがれ!」
「分かりました。従いましょう」
いつの間に生み出したのか、彼女の手には杖が握られていた。レトロなデザインの杖をクルクルと振り回すと、激しく先端が発光して白光が樹達に宿る。
「これは……素晴らしい!これほど質の良いバフ魔法を浴びたことはない」
白い光に包まれたベルナールは、彼女の魔法を褒め称えた。そして順に、寡黙な大柄の帝国騎士と樹、そしてジンに魔法を付与する。
攻撃部隊の準備は整った。翔龍の動きが制限されている今が絶好の機会だ。
樹は琥珀の力にバフの効果も後押しして、初めて中級魔法を発動する。詠唱のための運指は完璧。
巨大な岩塊群がエスパーの如く宙に浮遊し、それを手を振るだけで操作できる。
初級魔法ではせいぜい、極めても岩塊ひとつが限界だろう。魔力に余裕ができたおかげか、肉体への負担も今のところは見られない。
それからジン、ベルナール、そして大柄な帝国騎士の男が自慢の魔法を発現させる。
攻撃力が上乗せされた魔法の威力は絶大。既に半壊していた右翼は完全に機能を失った。
以降は陸上戦になるから楽だと踏んでいたが、そうとも限らない。地を駆ける速度は油断できないし、暴風は収まらない。
——戦闘開始から約6時間が経過した。
6時間の間、数秒たりとも気の休まる瞬間はなかった。
龍の名に恥じない底無しの体力。決して緩まない攻撃に、樹らは手を焼いた。
慎重に立ち回りながら、攻撃の隙を見て魔法を叩き込む。
この地道な繰り返しだ。7人全員の魔力をギリギリまで使い込む程の総力戦だった。
フウカの魔力が枯渇し彼らの回復が間に合わなくなった頃、決着は訪れた。
なにが決め手となったのか、翔龍はうってかわって弱々しい鳴き声を出しながら、その巨体を押しつけるように地面に伏した。
激闘の末、遂に討伐に成功したのだ。
翡翠色の瞳からやがて光が消え、龍は動かなくなった。
完全に勝ちを確信した時、樹たちは膝から崩れ落ちる。もはや彼らは気合いだけで肉体を持ち上げていた。今は、石ころを浮かす魔法さえ十分にかけられない。
「やっと終わった。あんなバケモンを、倒したんだ」
樹はゴロンと大の字になって寝転がり、暗雲を見上げる。
それを皮切りに帝国騎士の連中も張り詰めていた糸が切れたのか、その場に仰向けになって倒れた。
翔龍との死闘を乗り越えても7人全員が五体満足で終えることができたのは、ひとえに個々の能力の高かったと言えるだろう。
鎧を派手に砕かれ全身から流血するベルナールもまた、薄暗い空を見上げていた。
「咎人ども、龍の素材は折半だ。文句ないな?」
「全く異論ナシだ。アンタらこそ、半分しか持って帰らなかったら風帝様から怒られんじゃねえの?まぁ、譲る気はないけどさ」
「……なるようになるだろう。討伐に失敗して帰るより幾分かマシだ」
それから疲労困憊だった一同は、天峰山の頂で風を浴びながら意識を失った。
次に樹が目を覚ました時には、もうベルナール達の姿はなかった。
彼らは約束通り、龍の素材を半分残してくれていた。
先に起きていたジンとフウカが、目覚めた樹を迎える。
「起きたか。さっさと龍の素材を回収するぞ」
「タツキさん、おはようございます。無事に依頼完了ですね」
翔龍の素材を余す所なく剥ぎ取り、架空の収納箱に納めた。
まだ筋肉痛やら魔法の反動やらで満足に四肢を動かせない樹。先が思いやられるという表情で、恐る恐る打ち明ける。
「俺達、今からこの山を下らなきゃいけないんだよな?クゥ……骨が折れるぜ」
「いいや、その必要はない。彼女の魔法がある」
「えぇ、私の瞬間移動の魔法で婆様の隠れ家まで飛ぶことができますので」
「そうだった!相変わらずチート魔法だな……」
フウカが華奢な白い両腕を差し出すと、それぞれジンと樹がゆっくりと握る。
そして彼女が目を閉じたまま瞑想すること数十秒。
彼女が目を見開いた次の瞬間には、蠟燭の灯りだけが頼りの仄暗い木造の部屋に戻ってきていた。
「ヒッヒッヒ!無事に帰ってきたかい。どれどれ。では早速、戦果を見せてもらおうじゃないかねぇ」
木彫りの椅子に膝を立てて座るエサカ婆は、傷だらけになって帰還した3人を見て嬉しそうに笑った。
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