第20話 新たなる動き

「確かに……これは翔龍の素材に間違いないやねぇ。しかしフウカや、素材の量が少ないのはどういうことだい?」


龍の鱗や皮を鑑定しながら、エサカ婆は彼らが半分しか持ち帰らなかったことをブツブツとぼやく。

樹はタジタジという様子だったが、フウカは正直に、事実を伝えた。


「道中で遭遇した猛者の方達と共に討伐したので、素材は折半しました」


「そういうことかい。ジンや、だったら報酬は半分だね。これを持っていきな」


エサカ婆は懐から取り出した薄い札束を放り投げる。闇の中に弧を描いた札束を、ジンは確かに受け取った。


「……確かに18万ある。龍の素材を少し貰ってもいいという約束は生きてるか?」

「ヒッヒッヒ!相変わらず貪欲な男だねぇ。持っていきな」


お互いに対価を受け取り、エサカ婆から引き受けた依頼は正式に完了となった。そして、待望の善行レベルの経験値が積まれていく。


突然キィン!と耳心地が良い高音が脳内で響くと、自身の善行レベルが上昇したことに気づいた。


『タツキ』

善行レベル2

所持金……99,800円

懸賞金……216,0000円


『ジン』

善行レベル3

所持金……541,000円

懸賞金……785,0000円


ジンも善行レベルが上がったにもかかわらず、彼の懸賞金はほとんど前後していない。


懸賞金の査定はゲームの運営の独断で定められるのだが、どういう基準で動いているのか樹には不明だった。


そんな時、スッとエサカ婆の隣に控えるフウカ。


彼女の立会人としての役目は終わり。ここでお別れかと樹が惜しんでいた時、意外にもエサカ婆からフウカへある提案があった。


「で、フウカや。どうするんだい?その顔は、どうやらもう少し旅をしてみたいという顔だね」


「婆様……。やっぱりお見通しなんですね」


「ヒッヒッヒ!何年も一緒にいると、微かな表情の変化から感じ取れるようになるんだよ」


「お察しの通り、もう少しこの2人と一緒に旅をしてみたいと思っています。大学の研究の為でもあるのですが、誰かと一緒に旅をするのは新鮮で、悪いものではありません」


彼女は久しぶりに頬を緩ませて打ち明ける。


ジンと樹も彼女を拒む理由がない。彼女の申し出を受け入れ、強力な補助要員として歓迎した。


「これからもよろしく頼むぜ」

「こちらこそ、よろしくお願い致します。大学の講義がある時はログアウトが必要ですが」




——その頃、風帝城の一室。




玉座に君臨する風帝は、その長い脚を組みながら金色の髪をクルクルと指に巻きつける。

そしてもう片方の手には、翔龍の素材を加工した武具が握られていた。


「素晴らしい出来だね。持っているだけで身体が軽くなるようだ」

「お褒めいただき、光栄でございます!」


皇帝の前に膝をつき、内心ホッと胸を撫で下ろすのは、この武器と素材を調達したベルナールだった。

彼は風帝から翔龍の討伐依頼を請け負い、無事にソレを遂行した。


報酬素材が少ないことを指摘されるかとヒヤヒヤしていたが、機嫌の良い風帝を見て救われた。


「ところでベルナール。優秀な君にまたひとつ頼み事をしようと思ってね」


「ハッ!なんなりとお申しつけください」


「君は『センシュウ』という咎人の存在を知っているかい?最近、かなり力をつけている」


ベルナールは瞬時に記憶を辿る。

『センシュウ』の名は聞いたことがあった。コンマ数秒で記憶の引き出しをこじ開け、必要な情報を引っ張り出す。


「……確か、『咎人狩りのセンシュウ』と呼ばれる男のことだと記憶しています」


「その通り。彼は咎人でありながら、他の咎人を殺害し続けることで生計を立て、あまつさえ善行レベルを4まで上げることに成功した」


風帝は立ち上がると、どこからか瞬時に用意した資料の束を鷲掴みしてベルナールへ差し出した。

その表紙には、センシュウのプレイヤーデータが克明に記載されていた。


『センシュウ』

善行レベル4

本名……法円坂 泉秋

年齢……35歳

罪状……組織を統率し、所属する人間を洗脳、殺人を教唆した罪。

所持金……5400,006円

懸賞金……666,000円

その他、所持アイテムや装備など……。


(咎人を殺すことでも善行レベルの経験値を積むことはできる。だが4まで上げるとなると、想像を絶する人数を殺めていることになる。とんでもねぇ野郎だぜ)


手渡された資料をペラペラと捲り、この男の素性を頭の中に入れる。すると、続いて風帝は話の核心に触れ始めた。


「咎人同士で殺し合うことは大いに結構。悪は滅んで当然だからね。このセンシュウという男、今のところ民間人への危害はないものの、イチ咎人としては力を持ちすぎだ。帝国に飼われるつもりもないみたいだからね」


「力に溺れた人間は良からぬことを考えるものですからね。この男の抹殺でしょうか?」


「君にその役目を与えてもいいんだけど、大切な帝国騎士の兵力を消耗させるのも癪だ。そこで咎人同士で殺し合いをさせたいんだけどね、君なら腕利きの咎人でも知ってるんじゃないかと思ってね」


その頼みを聞いたベルナールは、ピンときた。

脳裏に浮かぶ樹とジンの顔。

むしろ、彼ら以外には思いつかなかった。


「……2人ほど心当たりがございます」


「君は流石だね。お互いに弱って共倒れしてくれるのが理想的なんだけど。ベルナール、この件は君に任せてもいいかな?」


「承知致しました。早速明日にでもコンタクトを取り、センシュウという男と殺し合うように仕向けます」


「頼もしい男だよ。帝国騎士の中でも、僕は君のことを最も信頼しているんだ。期待しているよ」


風帝が鎮座する一室を後にしたベルナールは、心の中で謝罪する。


(利用させてもらってすまない。風帝様の頼みとあれば、断ることはできないのだ。許せ)


良心の呵責に苛まれながら、帝国騎士であることを自分に言い聞かせる。新しく仕立てた鎧を纏い、風の帝国の紋章と誇りを胸に、彼は翠嵐の街へと繰り出したのだった。

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