第21話 咎人狩りのセンシュウ

「よし!かかった、デカいぞ!デカいぞ!」


しばらくは依頼にありつけず、またしても釣りに興じる樹。しなる釣竿を背中を反りながら引き上げ、釣り針にかかった獲物を確認する。


『オニキスバス』

レア度……☆

非常に繁殖力が高く、世界中に分布する大型の淡水魚。可食部は非常に少なく、釣り人から最も嫌われる魚の一種。


「またコイツか!いい加減に釣り場を変えないと面白みがないな。海だ海!」


「そう焦るな、釣りは忍耐が重要だ。それにフウカが帰ってくるまでは身動きが取れない」


フウカが大学の講義に消えている中、2人は大自然に囲まれた人の気配のない湖にて釣りをしながら帰りを待つ。ただ、樹はいよいよ釣りに飽きてしまったのか釣竿を放り投げて寝転んだ。


「普通に遊びに行きたいぜ。ダーツとかさ」


「バカを言うな、俺達は咎人だぞ。身分を弁えろ。プレイヤーに蜂の巣にされて終わりだ」


「今の俺ならそんな簡単に殺されたりしねぇよ」


「そういう問題ではない。善良な市民を殺しでもしたら、いよいよ生きていけなくなるぞ。運営が殺そうと思えば俺達の1人や2人、一瞬だ」


「チッ……なんだってこんな世界に閉じ込められなきゃいけないんだ」


自然に囲まれた閑静な空間でそんなことを話している2人。だが、突如として背後の雑木林がガサガサと音を立てて震えた。


咎の香によって誘き寄せられた魔獣か。

珍しいことではない。この釣りの間にも何体か魔獣を退けている。樹は素早く立ち上がり構え、音のなる方向へ神経を集中させた。


しかし、そこに現れたのは意外な人物だった。



「捜したぞ。都心にはいないと思っていたが、まさかこんな場所に潜伏しているとはな」


「お、お前は!ベルナール!」



天峰山で翔龍の討伐を共闘して以来、彼とは連絡が途絶えていた。それもお互いの身分を考えると仕方がない。今日も彼は、風の帝国の紋章を背負った高貴な鎧に身を包む。


「帝国騎士のお前が1人でわざわざ尋ねてくるとは。世間話をしに来た訳ではあるまい」


ジンが訝しむと、ベルナールは察しがいいなという風に軽く笑った。


「まずは礼だ。お前達のおかげで、俺は『龍殺しの英雄』として担ぎ上げられた。風帝様からも武勇の勲章を賜わった」


「風の噂で聞いたぜ。翔龍は帝国騎士4人で討伐したことになってるらしいな。まぁ、それに関して俺たちは口を挟むつもりはないけどよ」


「その節はすまないな。今日はあの女は一緒ではないのか?彼女にも大きな借りがある」


「フウカなら今は大学に行ってるぜ。正午には戻ってくることが多いけど」


「大学……。咎の炎が無かったからレベルの高い咎人かと思ったが、なるほど一般プレイヤーか。彼女の魔法の実力は帝国騎士と比較しても遜色ない。どういう経緯か知らないが、頼もしい女を味方につけているな」


「……それで、要件はなんだ?」


ジンが会話に割り込む。

するとベルナールは一層真剣な表情になって一度息を吸い込むと、滔々と話し始めた。


「俺と皇帝陛下から直々にお前達に依頼だ。実力があり、善行に邁進している咎人を募っている。これが依頼書だ」


彼はそれぞれに1枚ずつ依頼書を手渡した。

帝国が直々に発行した依頼書だ。エサカ婆から貰った依頼者とは紙の質もまるで違う。


依頼名……『咎人センシュウの殺害』

依頼内容……咎人である『センシュウ』の殺害。

報酬……懸賞金666,000円に加えて、1000万円の報酬金を与える。


表面には上記の依頼内容が、裏面には『センシュウ』の素性が赤裸々に記されていた。


2人はまず報酬に肝を抜かれた。

かつてない報酬金の高さに、帝国の本気度と依頼の危険度が伺い知れる。


「なんて出鱈目な金額だよ……!こんな大金、本当に払う気あんのか?ジン、どうする?」


「金はともかく、この国を治める皇帝陛下からの依頼だ。少なくとも善行レベルの経験値は、期待していいだろう」


「なるほどな。その依頼、乗ったぜ!」


ジンに唆されて、言われるがまま即決で依頼を引き受けることにした樹。


するとベルナールは、今回の抹殺対象である『センシュウ』について詳細に語り出す。


「善行レベルが4に到達するまで生き延びるということは、相応の実力を備えているということだ。皇帝陛下が奴の始末を帝国軍に任せなかったのは、帝国軍が損害を負うことを予測されたからだ」


「お前が咎人に対してそこまで言うってことは、嘘じゃないんだろうな。確かに、俺がブチ込まれる前から奴の名前は有名だったぜ」


樹は、法円坂 泉秋という男を知っていた。


というより、この男を知らない人間を探す方が難しい。10年ほど前、全局のワイドショーを連日占拠し続け国内を恐怖のドン底に叩き落とした。


泉州は、若くして『排悪執正教』という新興宗教団体を立ち上げ、注目を集めた。その教義は、徹底的に悪を排除し、穢れのない世界を創ること。


神の代弁者たる教祖の泉州が指揮を執り、陶酔した教団員による残酷な私刑が各地で行われた。



——その頃、帝都翠嵐。



「テメェがセンシュウか?聞いたぜ〜!皇帝から勅令が出てるらしいじゃねえか。テメェの生首を皇帝に差し出しゃ一気に大金持ちよ!こんな美味い話、乗っからない訳にはいかねぇ」


ガラの悪い男達が集団で1人の人間を取り囲んだ。

それぞれ腕っぷしに自信があるのか、全く恐れる様子がない。鍛えられた肉体が象徴するように、かなり肝が据わっている。


一方で、センシュウと呼ばれて囲まれた男性もまた、異様な雰囲気を醸し出していた。


黒いフードに顔を隠し、全身を覆うような漆黒のマントを背負う。表情こそ分からないが、黒マントの男もまた動じる様子はなかった。


「……穢れていますね。貴様ら全員、反吐が出るほどの穢れに支配されていると、そう言っているのです」


「ハァ!?なに訳わかんねぇこと言ってんだ!」


男達が武器をチラつかせて凄む。

そして間も無く、ならず者の内の1人が武勇を独占しようと抜け駆けして飛び掛かったのだ。

それを合図に、他の男達も負けじと一斉に襲撃を開始する。


勝敗は一瞬で決した。


文字通り、瞬きをしたその一瞬。

威勢の良かった男達の身体は、見るも無惨にバラバラに切断されて宙を舞った。噴き出す真紅の血飛沫と共に。

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