第22話 星見の丘の女

「それでベルナール、奴はどこにいるんだ?」


「センシュウは基本的に翠嵐を拠点に活動し、咎人を殺して回ってる。それはもう、白昼堂々だ」


「大した度胸だな。つくづく、よく今まで死なずに生きてるぜ」


「それには実は裏がある。自身の戦闘能力もさることながら、支援者の存在が大きい。衣食住、秘匿、咎人の殺害と熱心な協力者がいる」


樹はテレビで聞いたことがある。

時に世界を震撼させるような犯罪者には、獄中の生活を支援するような人間がいるということを。


人権保護団体か、思想に共感した狂信者か。

特に、法円坂泉秋のように明確な思想を掲げて犯罪に走ったような輩にはファンが多い。


知名度、カリスマ性、人身掌握能力、そして悪を排して正義を執行するという賛同しやすい教義。

縋るモノがない孤独な人間には、神として崇拝するのにおあつらえ向きの男だ。


「……なるほどな。道理で咎人に処理を任せられる訳だ」


ジンがなにかを察したように呟くと、ベルナールがそれを補足する。


「流石、鋭いな。支援者として周りに纏わりついてる奴等は、現実世界で堅実に生きている無実の一般プレイヤーだ。我々は咎人以外に自由に武力を行使する権利を持たない。信者もろとも一掃するには、殺人を恐れない咎人を頼るしかないのだ」


「おい、ベルナール。俺たちも殺しはやらないぞ」


「そのあたりの判断はお前達に任せる。それから、翠嵐に向かうなら気をつけるんだな。あの街は今、かなり治安が悪い」


ベルナールは1枚の写真を取り出した。

記者か誰かが撮影したのだろう。よく撮れている。


そこに写っていたのは、翠嵐の大通りを埋めんとする大勢の咎人達だった。頭に炎が点いているので一目瞭然。その光景に、樹とジンは思わず絶句する。


「これはいったい……なにが起こってんだ?」

「センシュウ殺害は極秘任務。本来は機密情報のハズだった。それが何処から情報が漏れたのか、皇帝陛下の名前を免罪符に街中の咎人どもがセンシュウを殺そうと押し寄せている」

「早い者勝ちの争奪戦になってるってことかよ」

「心配するな。奴はその辺の咎人ども相手に、すぐ殺されるようなタマではない」


伝えるべきことはこれで全てだ、とベルナールは2人に背を向ける。

彼は口笛で巨体な鷹の魔獣を呼び寄せると、軽快に背中へ飛び乗った。

すぐこの後も、寄るところがあるという。

そうしてベルナールは慌ただしく白雲が覆う空の中へと消えていった。



——数時間後。



ベルナールは人を訪ねてとある場所へ降り立った。

ここは星見の丘。周りは人の手が加えられていない、天然芝が茂る暖かい雰囲気の丘陵だ。


夜は星が綺麗に見える絶景スポットとして有名だが、ここもまた危険度の高い魔獣の縄張り地域として帝国から指定されており、近年では滅多なことでは観光客は現れない。


ただ、ベルナールはなにも天体観測に訪れたわけではない。星を見るにしても、まだ時刻が少し早いだろう。


用があるのは、丘の頂上に建てられた一軒の小屋だ。そう大きいものではないが、1人暮らしをするには充分な広さがある木造の小屋。

綺麗な自然の風景の中にポツンとこれだけ、似つかわしくない人工物が佇んでいる。

彼はこの小屋に用があるのだ。雑に建てつけられた入口の戸をコンコンとノックし、来訪を知らせる。


「俺だ。大事な話がある、開けろ」

「あ~ダメダメ。ウチいま忙しいから。手が離せな~い」


戸の向こうから、気怠そうな脱力した低い女の声が返ってきた。

しかし、はいそうですかと引き返す訳にもいかない。負けじと反論する。


「嘘をつくのはよせ。その気になればこんなボロい小屋、破壊して引きずり出してもいいんだぞ。俺の手を煩わせるな」

「え~……。めんどっちいなぁ、また彼女に怒られた愚痴言いに来た?」

「お、俺の現実世界の話はいい!いいからさっさと外に出て来い!」


ベルナールが顔を紅潮させて怒鳴ると、やがて木材の軋む音とともに玄関の戸が開いた。引きずり出される形で姿を現したのは、青みがかった黒髪を無造作に伸ばした、若い女だった。この世界を生きるにしてはあまりに軽装。上下ダル着のようなスウェットを着用し、あろうことか裸足で出てきた。


「……チッ!どこが忙しいだ、帝国騎士を揶揄いやがって」

「ふわぁ~あ!んで、話ってなに」


貫禄あるベルナールを前にしてなお、女は堂々と欠伸をする始末。

彼女に対してはある程度もう諦めているのか、特に咎めることなく本題に入った。


「……という訳だ。皇帝陛下は実力のある咎人を募っている。あまり褒めたくはないが、俺が出会ってきた中ではお前が最強の咎人だ。どうか頼みを聞いてくれないか」


「嫌だね~。だってウチにメリットないじゃん、めんどくさいし」


「報酬金が沢山用意される。お前が希望するなら、金額については皇帝陛下と交渉してみよう」


「ウチはお金なんて要らないの。もっとこう、ウチの心躍らせるような条件があるなら考えてあげないこともないけどね~」


ベルナールの頼みを、彼女は間髪入れずに一蹴した。

ただここまでは想定の範疇だったのか、彼も次の手を用意している。

全く角度の違う切り口から、彼女の心に揺さぶりをかける。


「お前は、皇后陛下をご覧になったことはあるか?」


「あ~。最近なんか新しく迎えたんだっけ。最近しばらく帝都なんか行ってないから顔も知らないや」


「皇帝陛下は女性に目がない。これまで何人も皇后陛下として候補を拾っては捨ててを繰り返していたのはお前も知っているだろう。それが今や、皇后陛下1人にご執心だ。どんな女性か、見てみたくはないか?」


「フフッ。ウチだって興味はあるけど、この生活を捨ててまで出向く価値はないかなぁ~。自堕落に食べて寝て、コレがウチには合ってるの」


話は終わりだと彼女が背を向けて小屋の中に引っ込もうとした時、ベルナールは1人の女性の名前を告げた。


「……新御堂 結衣。この名前を知ってるだろう?」


彼女はハッとして目を大きく見開き振り向いた。明らかに反応が違う。


「どうして、その名前を!」


「お前の素性もある程度調べさせてもらった。久しぶりに会ってみたいと思わないか?お前のよく知る顔のまま、彼女は風帝城で皇后陛下として暮らしている。この依頼を受けるなら、もっと詳しい話をしてやってもいい」


「……分かった、ウチも翠嵐まで行く。ただその話が嘘だった場合、ウチはアンタを必ず殺すから」








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