第23話 排悪執正教団
ベルナールが手なづけている鷹の魔獣に乗った2人は、空から翠嵐を目指す。
彼女に出会ってから気づいていた違和感。ベルナールはそれについて問いただしてみる。
「お前、名前変えたのか」
「あ〜。気づいた?『桜宮 乃亜』はもういないからね。反省して生まれ変わって、ウチは新しい人生を歩もうと思ってさ」
「それで『タカハシ』なのか……?」
「1番多い苗字らしいからね〜。カモフラージュできるかも〜みたいな?」
彼女の頭上に表記されている名前は、確かに『タカハシ』になっていた。
この電脳遊戯の世界に投獄された咎人は、例外なく自身の名前をプレイヤー名として表記される。
ただし、その名前を変更できるレアアイテムがあるのだ。『名前変更剤』はレア度5の最高レベルで、闇市で取引される場合は1000万以上はくだらない。
ベルナールは手元に用意していたタカハシの素性に再度目を通す。
『ノア』
善行レベル4
本名……桜宮 乃亜
年齢……20歳
罪状……母親を殺害した罪。
所持金……19,950,000円
懸賞金……880,000円
(チッ……俺としたことが。情が移るとダメだ、コイツも紛れもなく殺人を犯した屑!必要以上に関わってはいけない)
ベルナールは帝国騎士である自身を戒める。
タカハシの頭上には、薄っすらと咎の炎が灯っていた。善行のレベルが高い為、炎の勢いが弱まっているのだ。
現世の日本では、親殺しは如何なる理由があれ極刑にて処罰される。そこに情状酌量の余地はない。
彼女もまた、そのうちの1人だ。
「あと30分もしたら翠嵐に着く。帝都に着いたら、悪いが一緒には行動できない」
「いいよ〜。ウチはいつも独りだし。咎人と帝国騎士が一緒にいるなんて知られたら、大変なことだもんねぇ〜」
——翠嵐第8地区。
帝都翠嵐はいくつかの地区に区分けされている。
風帝城や城下町の大通りや商店街があるのは第1地区や第2地区。帝都の中でも奥まった場所にある第8地区はとりわけ発展が遅れており、帝都の名前に似つかわしくないほどの廃れ方をしている。
基本的には寄る理由がない為に人流が少なく、賑やかな訳ではない。ただ、咎人が翠嵐に拠点を選ぶなら、この地はうってつけの場所だと言える。
そして皇帝から直々に標的として定められた男センシュウもまた、この場所を根城にしていた。
第8地区の地下街、一見すると瓦礫の山で閉ざされて立ち入りできないように見える。だがこれも、センシュウが仕掛けた巧妙な罠だ。
魔力を上手くコントロールし、瓦礫で隠された内部の鍵穴を見つけ出すことができれば、瓦礫の脇からアジトへ忍び込むことができる。
ここが、電脳遊戯の世界でセンシュウが再び組織した『排悪執正教団』のアジトだ。
地下に広がるのは荒廃しきった更地とはまるで別物。
地下を思わせないような派手で明るい照明に、細部まで作り込まれた、いかにも高そうな見た目の家具がズラリ。
そしてなにより部屋の中心にドカッと座るセンシュウを囲むように、女性たちが彼の機嫌を取ろうと媚び諂う様子は、あまりにも異質な光景だった。
「教祖様♡こちら、少ないですがお布施になります♡」
「教祖様♡見てください!今日はアタシ、履いてきてないんです!だから、たくさん虐めてください♡」
「教祖様♡今日も咎人を殺して神に祈りを捧げました♡」
「「「教祖様……教祖様……♡」」」
支援者としてここに集うほとんどの女性は、普段は日本の社会に溶け込む一般人だ。
泉秋の思想に惚れ込み、狂信的なまでに彼を神格化するのだ。
(厳密に言うと、教義ではあくまでセンシュウは神の代弁者であり、排悪執正教の神は別に存在する)
余暇の全てを彼の為に注ぎ込み、身体も心も差し出すことを厭わない。
むしろ、肉体を使ってもらうことをこの上ない悦びだと信じて疑わず、彼女たちは日々どうやって教祖の興味を惹くか熟考している。そんな女性たちの集まりだ。
「教祖様♡今月のお布施になります♡」
「う~ん?いつもより金額が少ないみたいですが?」
「も、申し訳ございません!お、お金が集まらなくて……」
「そんな心意気では神の加護を受けられませんよ。罰として、裸になって土下座しなさい。今回はそれで赦しましょう。悪に堕ちたくなければ、来月からは心を入れ替えなさい。」
センシュウは誘惑してアピールしていた別の支援者に対して腰を振りながら、無慈悲な命令を下す。しかしお布施に参じた女性は、それすらも大層有難そうに素直に聞き入れて、彼の言葉通り衣類を脱いで四つん這いになった。
勿論、教団員の中には男性も存在する。
彼らはその間、なにをしているか。
それは、拉致した咎人達の粛清だった。
「た……頼む!許してくれよ、お願いだ!」
身ぐるみを剥がされ、裸の状態で磔にされた咎人達。
既に苛烈な拷問が繰り返されているのか、身体には見るに堪えない傷痕がいくつも刻まれている。それでも容赦なく、教団員の男は長槍を持って咎人の方へ近づく。
喉ぼとけに石刃の先端を突きつけると、咎人の男は甲高い声で叫んだ。
「気持ちの悪い声で鳴くんじゃないよ。咎人はやはり声も醜悪だ。生きてる価値ないんだからさ、大人しく地獄落ちてくんねぇ?」
「や、やめてくれ!殺さないでくれぇ!……ウゲェッ!」
咎人の訴えは虚しく、槍は鮮やかに男を貫いた。
返り血を浴びながら、手を下した男はご満悦な様子で天に向かって吠える。
「神様!今日も1人、悪党を粛清いたしました!ハハッ!ハハハッ!」
この世界では、咎人を殺害することは禁止されているどころか推奨されている。
教団に属する彼らは、現実では犯罪に縁の無い一般人ばかり。
よって、粛清によって彼らが咎められることは決してない。
ただ、殺しが正当化された世界と教義の下では、人はこんなに残酷に豹変する。
「教祖様!風の帝国内で実力の高い咎人どもが、教祖様を狙って帝都を徘徊しているとの情報が入ってきていますが」
「……どうやらそうみたいだね。さっきも何人か遭遇したよ。全く、神に楯突こうなんて困った害獣どもだな」
自身の首が狙われていることを知っても、センシュウは微塵も狼狽えなかった。
「皇帝がその気なら、私には皇帝すら必要ありません。私が王となり、新たに建国するまで。決して悪が蔓延ることのない理想郷をね」
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