第24話 アジト

「すまないタツキ、戻った。電話していたんだ」


「また電話かよ。それはいいけどよ、いったい毎日誰と電話してんだ?」


「……あまり詮索するのはよせ。それより、センシュウという男のアジトを捜すぞ」


このところ、ジンが電話に消える頻度は以前にも増して多くなった。タツキが相手や内容を探ってみても、彼ははぐらかすばかりだ。

この世界をずっと共にしてきた相棒だが、タツキはジンの過去については全く知らないままだ。

ジンは自身について語りたがらないので、いつも深くは追求しない。


「ベルナールの奴は帝都に潜伏していると言ってたけど、本当かよ。そんな有名な奴が帝都にいたら目立って仕方ないだろ」


「あの男が嘘をついているようには思えなかったが、この騒ぎに乗じて拠点を移している可能性ならある。変えていないなら、恐らくは第8地区の何処かだろう」


「第8地区?」


「翠嵐の中で最も荒廃した地域だ。とても人が住めるような環境ではないが、大量の支援者がいるなら話は別だ」


教団のアジトの場所について話し合っていると、大学が終わったのかフウカが電脳世界に入ってきた。彼女は翠嵐に精通している。2人は彼女に指示を仰いだ。


「確かに、今や第8地区には人は寄りつかず帝都の闇として語られています。それでいて、咎人の溜まり場になっている訳でもありません」

「……奴の教団は咎人を狩る。もし拠点を構えているなら合点がいくな」

「よっしゃ、じゃあまずはその第8地区ってところへ向かうか!」


人気の少ない路地裏を選びながら、3人は目的地へ向かう。

センシュウの騒ぎで、街は混沌としていた。

依頼の報酬目当てに血眼になってセンシュウを捜す咎人と、懸賞金目当てでそれを狩りに来る一般プレイヤー。街の至る所で血が流れ、悲鳴が聞こえる。


「いたぞ、あそこだ!挟み込んで殺せ!」

「待ってくれ!俺達がお前らになにしたってんだよぉ!」

「黙れ社会のゴミが!被害者の恐怖はこんなもんじゃねえんだよ。お前らは一生、理不尽に殺され続けるのがお似合いだぜ」

「やめろ……やめろ……ぐわぁあああッ!」


樹らは物陰に隠れながら、またひとつ壮絶な殺人現場を目撃してしまった。

咎人同士とはいえ仲間意識はない。殺された中年男性もまた、咎の炎が宿っている以上は許されざる犯罪に手を染めているに違いない。助ける義理もないのだ。


「俺たちもバレたら厄介だ。先を急ごう」


フウカの持つ情報をもとに、件の第8地区に辿り着いた3人。

噂通りの廃れぶりで、まるで巨大な怪獣に区域ごと踏み潰されたように、高さのある建物がほとんど残っていない。塵を運ぶ心地の悪い風に、樹は思わず目を瞑る。


「この辺り……微弱な魔力を感じますね」


「確かにそうだな。上手く隠せてはいるが、なるほど。この瓦礫の向こうに地下空間が広がっているようだな。ここを開くには……どうやら仕掛けを解く必要があるのか」


「仕掛けだって?こんな瓦礫の壁、ブッ壊したら駄目なのか?」


「高度且つ緻密な防衛用の魔法が仕掛けられていますね。力ずくで破壊すると、ただ瓦礫が崩れるだけです。魔力を用いて内部の鍵を解除しないと、目的地までの道が開けないような仕組みになっているのでしょう」


3人が立ち往生していると、背後からダウナー系の女性の声が飛んできた。


「な~んだ。ウチより先客がいるじゃん。なにしてるの?そこがアジトでしょ?」


知らない声だ。樹たちが慌てて振り返ると、青黒い髪を無造作に伸ばしたダル着の女が、猫背で気怠そうに歩いてくる。樹は頭上の炎を見て、彼女が同じく咎人なのだと認識することができた。


早く入れと言わんばかりの彼女に、樹は反論する。

ジンとフウカが2人がかりで解錠に取り掛かっているが、難航しているのだ。


「アンタも教祖殺しの依頼を聞きつけてやってきた咎人か?残念だけどな、入口にはロックがかかってんだよ!抉じ開けるのに時間がかかるんだ、黙ってそこで見とけ」


「ウチならもっと早く開けれるけど。ちょっと任せてみて」


2人の間に強引に割り込むように肩を入れると、バチバチと稲妻を帯びた腕を灰色の壁に押し付ける。瓦礫全体に電流が走り、激しく青く光る。制止する暇もなく、ジン達は唖然と口を開けながら見守ることしかできない。


「そ、そんな乱暴な!この手の防衛魔法はゴリ押しで突破できるモノじゃないぞ!」

「え~?チンタラやってたいなら勝手にすればいいけどさぁ、ウチは待ってらんないから。結果が一緒なら関係ないでしょ」


自信満々に始めた彼女だったが、どうやら雲行きがおかしい。

ひと通り電撃に包まれた石壁だが、ビクともしない。道が開かれるどころか防衛魔法が正常に作動し、侵入者の出現を示す警告音がけたたましく鳴り響き始めた。


「あ……あれれ?ははは、これはウチが悪い……かも?」

「ほら見ろ!だから言っただろうが!とりあえずさっさと逃げるぞ!」


苦笑いで青褪めている彼女の腕を、ジンが引っ掴んで走り出す。

警告音が鳴るとすぐに、どこからともなく教団員とみられる武装した男達が現れた。恐らくは移動系の魔法の類ですぐに外まで飛んできたのだろう。

頭上に炎はない。センシュウに共鳴した、支援者たちだ。

彼らは全く躊躇う様子なく銃を構えると、問答無用で走る後ろ姿目掛けて発砲した。

この用意の周到さと潔さ。帝国の警備隊も目を見張るほどの統率力だ。


「マジかよッ、アイツら容赦ねえな。とりあえずコイツで凌ぐぜ!」


樹が逃走中に指を捏ね回し、屈んで地面を叩いた瞬間。

瓦礫の塊だらけの地面が隆起して盛り上がり、長方形を成す巨大な一枚岩へ。

銃弾はその壁にめり込み間一髪。同時に彼らの視界を遮ることにも成功した。


「ここまで逃げて来れば安泰でしょう。さぁ、皆さん私の身体に捕まってください」


フウカが両手を差し出した。瞬間移動の構えだ。

勝手が分かっているジンと樹はなんの抵抗もなく即座に彼女の腕を掴むが、青黒髪の女は何のことやらという感じで戸惑いを隠せない。


「いいからフウカの身体を掴め!瞬間移動には時間がかかる!チンタラしてると奴らに追いつかれるぞ!」


「しゅ……瞬間移動?そんなの存在する訳……」


疑心暗鬼なまま、ヤケクソでフウカを背後から羽交い絞めにする形で抱き着いた。

フウカの瞑想が終わった瞬間、力強く瞳を開く。


「飛びます!」












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