第25話 タカハシ

「婆様、申し訳ございません。すぐに思いついた安全な場所が、こちらでしたので……」


「ヒッヒッヒ!フウカや、謝らんでもよい。その様子だと、必死に逃げてきたんだろう?仲間も1人増えているみたいだしねぇ」


フウカが瞬間移動した先は、闇商人であるエサカ婆の隠れ家だった。

相変わらず灯りは蝋燭だけで視界が悪い。

青黒い髪の女性は、挙動不審にキョロキョロと首を動かして、ようやく自身が瞬間移動したのだと気づいたようだった。


「す……凄っ。本当に瞬間移動してるし」

「当たり前だ、フウカの補助魔法は超一流だからな!帝国騎士のお墨付きだぜ?」

「そんな、私は皆さんのサポートしかできませんから……!」


自分のことのように鼻高々に誇る樹と、手をブンブン振りながら謙遜する張本人のフウカ。

するとジンが鬼の形相で青黒髪の女に迫り、和やかな雰囲気をブチ壊す。


「で、お前は誰なんだ?なぜあの場所にいた?返答次第では、消す必要がある」


凄まれた女だが、意外にも度胸があるのか眉を顰めて睨み返す。


「なぁんでそんな偉そうな訳〜?ウチは帝国騎士から正規の手順で依頼がきてんだけど」


「て、帝国騎士だと?名前は!」


「確かあの男は……ベルナールとかいう奴だった気がするけど、多分。あんま興味ないから覚えてないんだよね〜」


「べ、ベルナール!?俺達以外にも奴から依頼を請け負っている者がいるのか」


彼の名前が出たことで、ジンはひとまず警戒心を解いた。

咎人嫌いの彼が、それも個人に依頼しているというだけで信頼に値するからだ。

少々脳筋なところはあるだろうが、実力は間違いないと見ていいだろう。

そこで興味が彼女に湧いたジンは、ようやく自己紹介を始めた。


「俺はジン。コイツはタツキ、そしてこちらの女性がフウカだ。お前は?」


「タカハシ」


「奴の懸賞金と報酬金が目当てか?」


「ハッ、まさか。ウチが今さら金を原動力に危険な依頼受ける訳ないじゃん」


タカハシと名乗る女が鼻で笑うと、続けて自身の目的を明かした。


「ウチはあの帝国騎士の男に唆されただけ。ウチが興味あるのは教祖なんかじゃなくて、この帝国の奥さんに抜擢された女の子だから。もう一度、会ってみたくてね」


予期せぬ返答に、樹は跳び上がりそうになった。

まさか同じ目的で行動している者に出逢うとは思ってもいなかったのだ。


樹はジンを押し除ける。食い入るように身を乗り出しながら、矢継ぎ早に質問責めを繰り出した。


「お、お前!なんで結衣に会いたがってるんだ?結衣を知ってるのか?教えろ、お前は結衣と関係があるのか?」


急に凄まじい熱量でグイグイと迫ってくる樹にしっかりとドン引きしつつ、タカハシは至って冷静に答える。


「……関係があるっていうか、結衣ちゃんはウチの恩人だから」


「ここに投獄されるような極悪人と結衣が関係がある訳ないだろ!まさか、結衣を拉致して俺に冤罪吹っ掛けた奴の仲間じゃねえだろうな!」


妹のことになると我を忘れて取り乱すのが樹の悪い所だ。


樹が冤罪に仕立て上げられている以上、どこかで物語を紡いでいる黒幕がいるのは間違いない。


昂った樹は、安直に彼女が事件の片棒を担いでいるのではと決めつけて恫喝する。


これを面倒くさそうに溜め息をついたタカハシは、やれやれと仕方なく弁解を始めた。


「ウチが結衣ちゃんに出逢ったのは小学校の時だから。あんまり他人に見せるのは気が進まないんだけど……はい」


タカハシは着ているスウェットを上に捲り上げて腹を見せる。


するとそこには見るに堪えない傷痕が、いくつもいくつも刻まれていたのだ。


消えない青痣、火傷痕。縫ったような痕に抉られたような傷もある。


目を背けたくなるような壮絶な傷痕に、樹は絶句した。頭に血が上っていたのがスーッと引いて冷静になり、彼女の次の言葉を求めた。


「コレ全部、実の親からつけられた傷なんだよね。服で隠れてるだけで、まだまだあるよ。背中なんて本当に酷いんだから。仮想空間なんだからこんな傷消してくれればいいのにさ、再限度高すぎだっての」


「お前……虐待されてたってことか?」


「正解~。小学生の頃からこんな身体だからさ、他の子達なんて怖がって寄ってこないわけ。まぁ、当然だよね。でも、結衣ちゃんだけは違った。ウチにも平等に接してくれたんだよ」


「つまり、結衣の同級生だったのか」


「過ごしたのは小学校の数年間だけどね。その後はウチが引っ越ししちゃうから、それっきり会ってない。でもウチは、あれから結衣ちゃんのことを忘れた日なんてなかったよ。ウチに初めて優しくしてくれた人だから」


「じゃあ、お前がここに投獄されたのは……」


「お察しの通り、親をブッ殺したからってわけ」



タカハシは平然と言ってのけ、歯を出して微笑む。


樹は彼女の笑顔に戦慄し、背筋に寒いものが走った。しかし、痛々しい身体の映像が脳内に浮かぶと、手放しで非難することはできない。


樹の疑念が晴れたことで、全員が触れあいお互いのプロフィールやデータを共有する。


そして、樹の素性もタカハシに知れ渡ることになる。


樹の冤罪の件についても、彼女は疑うことなくすんなりと受け入れた。


「なぁんだ。凄く結衣ちゃんに執着するから恋人かと思ったらお兄さんか。妹殺しの罪で投獄された……。ふ~ん、なるほど。これが冤罪で、実際に結衣ちゃんはまだ生きていると。摩訶不思議な事態になってる訳だ?」


「あぁ。俺達はセンシュウの依頼を達成して、結衣と皇帝に会うのが目的だ。皇帝はきっとなにか知っている。この謎について問い詰めてやるんだ」


互いに手の内を曝け出したことで、結束力が深まった4人。


結衣に会うという共通の目的のもと、一匹狼だったタカハシも彼らと一緒に行動することを承諾した。


樹が結衣の兄という点も、彼女が気を許した大きな要因のひとつだ。


仕切り直しにジンが声を上げ、再び作戦を練り直す。


「教団アジトのロックを解くには俺達の技量では時間がかかりすぎる。あの場所で長い間作業するのはリスクが高すぎて現実的ではない」


「でしたら、待ち伏せしかないですね。教団員達は勿論入り方を知らされているでしょうしから。他の教団員が入った隙に一緒に入るか、操作を見て真似るかというところでしょうか」


こうして、4人の次の作戦の方向性が固まった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る