第26話 突入

教団のアジトでは、侵入者を目撃したという話題で騒ぎになっていた。

今日も例に漏れず女体を弄びながら、センシュウは平伏す教団員の報告に耳を貸す。


「人数は4人……うち3人は頭上に咎の炎が灯っておりました。入口の防衛魔法を無理やり突破しようとしたところを嗅ぎつけ、追い払いました」


「帝国から派遣された身の程知らずのゴミ共が……早くもノコノコやってきたようですね」


「教祖様、いかがいたしましょうか」


「追うことはない、また向こうからやってくることでしょう。アジトの中に誘い込めば、神が私達を味方してくれます。警備は厳戒態勢に……それともうひとつ、念入りに仕込んでおきましょう」


「かしこまりました。用意いたします」


深く頭を下げると教団員の男はセンシュウから離れ、内線のような機器になにかを吹き込み始めた。

命じられた内容を伝播し、実行に移すのだろう。


「教祖様♡なにかあったのですか?」

「いいや、気に留めるほどのことではないですよ。ネズミが4匹、聖域に迷い込んだようで」


センシュウの裸体に密着する女の支援者が猫撫で声で訊ねる。彼はソッと女の頭を撫でて、教祖としての威厳と余裕を示した。



——翠嵐第8地区。


樹たちが潜入に失敗してから数日。

彼らは再び同じ場所に舞い戻り、教団員が出入りするのを離れた所から見張っていた。するとしばらくして、1人の男が周囲を警戒しながら瓦礫の壁に触れる。

その瞬間を見逃さず、樹達は策を講じる。


「フウカ、今だ!」

「はい。あの男性と感覚を共有します」


男が警戒を緩めて正面に向き直った時、すかさずフウカは物陰から顔を出して魔法をぶつける。襟に引っかかった釣り糸のような透明の線が、男とフウカを繋いだ。


補助魔法のひとつとして使われる感覚共有の魔法だ。

使用者と対象者の思考や感覚を共有するという、単純且つ強力な魔法である。

2人を繋ぐ透明の糸は限りなく細く、勝手に繋がれても痛みはないしまず気づけない。時間制限がシビアだが、アジトに入るロックを解くだけであれば問題ない。


男がロックを解いて闇に消えたのを確認すると、4人はそそくさと小走りで瓦礫まで近寄る。そしてフウカは白い肌をした華奢な腕を押し当て、目を瞑った。

神経を研ぎ澄まし、先程の男と共有した感覚を呼び起こす。

すると壁の端に人が1人ギリギリ通れるだけの幅しかない隠れ道が出現した。

間違いない。作戦は成功したのだ。


その道は長くは続かず、すぐに大きな広場へ出た。

教義における神を表現しているのか、両翼の生やし右手に剣を構えた巨大な像が壁面に描かれている。その壁画を背後に、両脇に女を添えた明らかに雰囲気の違う男が1人。漆黒のマントに身を包み、フードで顔は隠れて見えないが、彼がセンシュウにまず間違いない。


咎の炎が光る者達の侵入に、全員の視線が一手に集まった。


「どこから入ってきやがった咎人どもが!ここが何処だか分かってんのか!」

「殺せ!殺せ!今すぐ殺せェッ!」


思慮もなにもない。ほとんど条件反射の要領で、咎人を見るなり彼らは凶器を手にして襲い掛かってきた。斧や刀を片手に、目を血走らせながら走ってくる男達に、樹はひとこと激しく恫喝する。


「退けェッ!」


それは鬼気迫る声。教団の男達は樹の覇気に怯み、足を止めるどころか後ろに尻餅をついた。樹は悠々と遠くで足を組んで座るセンシュウに指を差し向ける。


「俺らが用あるのは、そこに座ってる『お前』だけだ。咎人でもない一般人を殺すような真似はしねえ。痛い思いしたくねえなら、さっさと道を開けろ」


樹の覇気は凄まじいものだが、彼らも「はい、そうですか」と大人しく譲るハズがない。センシュウの顔色を伺い、教祖の指示を仰ぐ。


「人間の皮を被った悪魔が……臭くて堪りませんね。神のお告げです、その野蛮な愚者どもを1人残らず殺しなさい」


神の啓示が下りたことで、信者たちの目の色が変わった。

親でも殺されたかのような目で睨み、武器に魔法にそれぞれ殺しにかかる。


「話し合う気が無いなら仕方ねえ。殺しさえしなけりゃ、何発かブン殴るくらいは大目に見てくれるだろ。正当防衛ってやつだ」


「まあ概ね予想通りの展開だな。フウカ、タカハシ、援護を頼む」


「はい。お任せください」


「めんどくさいな~。ウチは戦うの好きじゃないんだよ。どうせ勝つんだから、無条件降伏してくれないかな~」


互いに臨戦態勢。教祖のひと言で活気づいた支援者の男達が、わらわらと群がりながら押し寄せる。しかし戦闘に慣れていない者も多く、修羅場を幾度となく乗り越えてきた樹たちの前では、有象無象の動きはまるで止まって見える。


「後ろがガラ空きだぜ!」

「とりあえず寝ておけ。気絶で許してやる」


樹とジンを筆頭に、人波を泳ぐように暴れては、支援者を次々と薙ぎ倒していく。

首の後ろに死なない程度の衝撃を与えて気を失わせるよう手加減するくらいの余裕はある。バタバタと倒れていく仲間を見て危機感を抱いたのか、彼らは突然標的を女性陣に絞った。


「女だ!まずは女を狙え!」


軌道修正。後ろで控えるフウカとタカハシに銃や魔法の照準が合わせられた。

だが樹たちが慌てないのは、彼女たちの実力を知っているからだ。


「馬鹿め、下手すりゃ俺達を相手にするより厄介だろうに」


樹が哀れみの視線を向けるがもう遅い。

舐めてかかった男達は、彼女たちの毒牙にまんまと引っかかった。

素早く指を動かして魔法の発動条件を満たすと、フウカの指先を眩い白光が包む。


「範囲化の魔法を使いました。文字通り、タカハシさんの魔法は対象のみならず周辺の敵にも効果を及ぼすようになります」

「相変わらず珍しい魔法を使うね~。補助魔法特化のプレイヤーって感じかな」


タカハシは目に見えぬ速度で指を結び、紫色の稲妻が彼女の全身を駆け巡る。


紫電を帯びた彼女は、疾風迅雷。銃弾、飛んでくる火球や氷柱など、教団員の魔法を稲光の速さで難なく回避すると、斬りかかってきた男の背後に回り込む。


そして首元を鷲掴み。電流が走ると、刀を振り上げていた男はあっさりと気絶してしまった。そしてその電流がフウカの範囲化の魔法で更に伝播する。


数珠繋ぎ的に紫電が連鎖し、情けない悲鳴と共に男達が倒れていくのだ。


「へぇ~!範囲化ねぇ、こりゃあ便利だわ。面倒くさがりなウチには丁度いいや」


自分の魔法が化けたことに感心したタカハシ。

手間が省けてご満悦の様子だ。










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