第1話 電脳遊戯

——20XX年、日本。


死刑の方法として導入されていた絞首刑は、残酷だという観点から廃止された。


人権擁護派団体の圧力により死刑制度自体が撤廃。ただ、死刑に代わる形で極刑が新たに導入されたのだ。


その名も、『電脳遊戯』の刑。



「囚人番号40021番。出ろ、面会だ」

「面会……俺に?」

「いいから出ろ。待たせてある」



独房に収監されていた彼の名は、新御堂 樹。


実の妹である新御堂 結衣を殺害した件で、電脳遊戯の刑を執行の時を待つ囚人だ。

年齢はまだ22歳。事件を引き起こしていなければ、通学していた城南大学を卒業していた頃だろう。


独房に入ってきた刑務官から、突如面会の報せを受けた樹。

ここのところ誰も彼を訪ねていなかったので、相手の見当がつかなかった。

妹殺しの業を背負ったことで、両親からは勘当されてしまった。

収監されてから約2年。友人もぱったり姿を見せなくなった。


(……いったい誰が?)


面会室に向かうと、ガラス板の向こう側に樹の知らない男が座っていた。

パリッと着こなした紺色のスーツ。短く刈り上げた短髪に少し陽に焼けた肌の30代くらいの男性だ。猛禽類のように鋭い彼の眼光に樹はたじろぎながら、対面に座る。


「申し訳ないが、しばらく2人にしてくれないか」

「面会時間は10分です。時間厳守でお願いします」


男が呼びかけると、刑務官たちが釘を刺してから面会室を後にした。

何者なのかと戸惑う樹に、男はガラス板越しに自身の身分を明かす。


「府警第3課の京橋 仁だ。単刀直入に言う。新御堂 樹、君は妹を殺していない。何者かに嵌められて冤罪をかけられている。そうだろう?」


それを聞いた樹は、自然と瞳から大粒の涙が零れ落ちた。


「そうです……俺が結衣を殺すなんて、そんなことするはずないのに。誰も信じてもらえなくて……アリバイを証明することもできなくて……!」


「あぁ、この事件は不可解な点が多すぎる。証拠不十分なまま君が犯人に仕立て上げられたことだってそうだ。俺だけはこの事件の真相をずっと追い続けているんだ」


「刑事さん……!でも俺、もう明後日には刑の執行が決まってるから。刑事さんの気持ちは嬉しいけど、もう駄目なんだ」


樹が俯いて弱音を零すも、仁と名乗る刑事は力強く鼓舞する言葉をかけた。


「諦めるのはまだ早い。『電脳遊戯』の刑は確かに過酷だが、現世に戻って来れないと決まった訳じゃない」


「そうなんだ。俺、刑の内容自体よく分かっていなくて」


「絞首刑に代わって日本で採用された刑だ。受刑者の身体を椅子に縛り付け、専用の装置で意識を電脳世界に送り込む。言わばVR技術の応用だ」


「それだけ聞くと、あまり辛そうに聞こえないけど」


「そう思うかもしれないな。だが忘れるな、本来は死刑を求刑されるような極悪犯罪者のみに言い渡される刑だ。生温いものではない、覚悟しておくことだ」


樹の背筋がゾッと凍った。それがもう2日後に迫っている。

樹が絶句していると、仁は右腕に巻いた銀の腕時計を確認しながら救いの手を差し伸べる。


「よく聞け。俺が今から教える暗号を記憶して、電脳世界に送り込まれた後に入力するんだ。いくらか楽に進められるだろう」


「わ、分かった!それに、俺は電脳世界から戻って来れるのか?冤罪を証明して、普通の暮らしに戻りたいんだ!」


「道は険しいが、戻れる。電脳世界で徳を積み、認められることだ。俺は俺で引き続き捜査を続ける。それまで君も耐え抜くんだ」


彼の真っ直ぐな訴えに、樹は心を打たれた。

絶望していた樹の真っ暗な世界に、ささやかな火が灯った瞬間だ。

仁は再び時間を確認する。面会の時間のもう残り僅かしかない。


「……耳を貸すんだ。暗号キーを伝える」

「ありがとう、刑事さん」


耳打ちして間もなく、面会時間の終了が訪れた。

外で待機していた刑務官が部屋に突入し、樹の身体を椅子から乱暴に引き剥がす。

そしてまた、陰湿な空気が漂う独房に投げ込まれたのだった。




――電脳遊戯の刑、執行当日。




「囚人番号40021番!時間だ、用意しろ」


殺風景な独房に刑務官の冷たい声が響いた。

汚れたコンクリ床の上で、静かに座っていた樹はゆっくりと目を開ける。

ボロボロの布切れのような囚人服を身に纏い、ロクに栄養も摂れていない痩せ細った身体。


廃人のようにやつれた顔。こけた頬。黒くくすんだ目元のクマ。

だがその瞳だけは、まだ死んでいなかった。


何人もの屈強な刑務官に囲まれて連行される。

階段を降り、収容所の地下へ。


ギィッと音がする扉を開けると、これまた独房のような狭い部屋にきた。

独房と違うのは、窓のひとつもない完全な密室だということ。そして、仰々しく電線やら器具やらが纏わり付いた異質な椅子がひとつ存在するということだ。


この椅子の存在に、樹はこの部屋が執行室だということを気づかされた。


「そこに座れ!」


刑の執行を見守る刑務官達に命じられ、樹は椅子にゆっくり腰掛けた。すぐに刑務官達が樹のもとへ寄り、手足を固定して繋ぎとめる。

そして刑務官達は肌の至る所にペタペタと電線を取り付け、最後にはヘッドギアのような被り物を乱暴に被せた。


間もなく刑が執行される。


「なにか最後に言い残すことはあるか。現実世界には二度と戻って来れないからな」

「……結衣を殺したのは、俺じゃない」

「フン、往生際が悪い奴だ。反省する気はないようだな」


刑務官は軽蔑の視線を樹に浴びせると、別室から『電脳遊戯』のスイッチレバーを下ろした。ガコンッと、明らかに何かが作動した音が鳴る。


そして次の瞬間、樹の全身に激しい電撃が走った。

白い稲妻は彼の全身を駆け巡り、瞬く間に意識を奪う。



「非道な人殺しめ。せいぜい電脳世界で足掻き続けるんだな」



刑務官はそう吐き捨てると、振り返ることもなく部屋を去っていった。


縛られた椅子に1人、すっかり動かなくなってしまった樹を残して。




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