極悪人はVR世界で永久的に生き地獄!〜妹殺しの冤罪で投獄されたが、なんとか脱獄を試みます〜

オニイトマキエイ

第1部 風の帝国編

プロローグ

「お兄ちゃん!なにしてるの、遅いよ!」

「わかったわかった。……全く、どれだけ元気なんだよ」


軽快なステップで先を歩く溌溂な妹と、渋々ながらそれに付き添う兄。

なんとも微笑ましい光景だ。


妹の彼女は少し小柄で、眩しいが特徴の愛嬌ある少女だ。艶のある黒髪を真っ直ぐ下ろし、華奢な体型を活かした服装。すれ違う男達の目線が彼女に注がれるのは必然だった。


対して兄は、気だるげな表情で面倒くさそうに欠伸なんかしている。

妹の彼女とは対照的に、ボサボサの黒髪に剃り残しのある口元。そして部家着のようなラフな格好で彼女の後に続く。


「ここに来るのもう何度目だよ。18歳にもなって1人で水族館にも来れないって」


「水族館好きなんだから何回来てもいいでしょ?意地悪言わないで、私が身体弱いこと知ってるクセに」


「だからって俺と来なくてもいいだろ。友達とか彼氏とかさ」


「……いないんだもん。仕方ないでしょ」


府内でも最大規模の水族館の『海麗水族館』。

敷地の広さもさることながら、珍しい魚が沢山飼育されていることで、全国から観光客が押し寄せるほどの人気スポットだ。


係員の明るい声援に送り出されて兄妹が館内に入ろうとした時、兄が立ち止まった。


「俺タバコ吸ってくるからよ、お前1人で回って来いよ。終わったら連絡してくれ、迎えに行くからよ」


「はぁ?なにそれ。なんで一緒に回ってくれないの」


「そりゃ俺だって彼女と回るってなら話は別だけどさ。お前と水族館来るのはもう飽きたの。俺はその辺で女の子ナンパでもしてるから楽しんで来いよ」


「……最低ッ!お兄ちゃん、昔はそんなことなかったのに。大学入ってから変わっちゃったね」


「うるせえな!俺だって貴重な大学生活なんだから遊びに行きてえんだよ!それを休日返上してお前の為に連れてきてやってんだろうが!」


些細な口喧嘩は、周囲の人たちが心配になるくらいの怒鳴り合いに発展した。

結局両者歩み寄ることもできず、最後には妹の方が強引に終わらせた。


「もういい!私1人で見て回るから!お兄ちゃんなんて嫌い!」


泣きながら捨て台詞を言い残し、足早に館内の暗闇に消えていく。

そんな彼女の後姿をぼうっと眺めながら、兄の方はタバコの煙を吹かすのだった。


――それから2時間が経過した。


海麗水族館がいくら広いとはいえ、2時間あれば1周は回り切れる。

その間、兄のスマホに彼女から連絡がくることはなかった。


(連絡も寄越さずになにしてんだよ。もしかして1人で勝手に帰ったか?)


妙な胸騒ぎが過った。

喧嘩すること自体は珍しいことではない。それでも、寂しがり屋の彼女の方が折れて言い寄ってくる。そしていつの間にかまた軽口を言い合う関係に戻っている。それが兄妹の常だった。


「どうせアイツのことだ。家に帰ったら泣きついてくるだろ。仕方ないな、プリンでも買って帰ってやるか」


彼女の好きな洋菓子店に立ち寄り、贖罪も込めてプリンを買う。


陽も沈み始めた夕方。白く塗装されたマンションの階段を上り、兄妹2人暮らしの我が家へと戻る。鍵を開け、ドアを開くと玄関が暗くて驚いた。彼女の靴がない。彼女はまだ、帰ってきてはいなかった。


「いったいどこをウロついてんだよ。誰かに攫われでもしたらどうすんだ……」


彼の心配をよそに、それから何時間経てども彼女が家に帰ってくることはなかった。

気休めにつけたテレビで、彼は衝撃の事実を目の当りにする。


『続いて、夜のニュースです。海麗水族館の敷地内にて女性が体中から血を流して倒れているのが発見されました。女性は病院に搬送されましたが、間もなく死亡が確認されました。女性は城南大学に通う1年生の新御堂 結衣さん18歳だと判明しました。遺体は損傷が激しく、警察は他殺と断定して捜査を進めています。現在、犯人の聞き込みを行っています。詳しい情報が入りましたら随時報道いたします』


キャスターがなにを言っているのか理解するのに時間がかかった。

同姓同名の女性が偶然にも水族館で殺害されてしまった。未だに心のどこかで他人事のように捉えている自分がいる。

スマホのロックを解除。『結衣』と表示されたトーク画面には、未だ既読の文字はついていない。


「嘘だろ……嘘だよな?どうせまたいつもの悪戯なんだろ?明日の朝起きたら、俺の横でヘラヘラ笑ってるんだきっと……」


繰り返される報道に、彼の精神は衰弱していた。

そして追い討ちをかけるようにインターホンが鳴る。

妹が帰ってきたと歓喜したのも束の間、ドスの利いた男の声がすぐに地獄へ引き戻す。


「警察や。新御堂 結衣殺害の容疑で逮捕状が出てる。署まで同行願おうか」


理解の範疇を遥かに超えた展開に、頭が追い付かない。

問答無用で突入してくる警察に取り押さえられ、連行される。

彼に抗う気力は残されていない。流れに身を任せるままパトカーの車内に詰め込まれ、かけられた手錠を眺めながら反芻する。


(俺が結衣を殺した……?俺が殺人の容疑者になってるのか?)


彼を乗せたパトカーは、そのまま夜の闇の中へと姿を消した。








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