第34話 決別

――大阪府警本庁舎。


殺されたと思われていた新御堂 結衣の保護は、混乱を避ける為にも極秘に行われた。真犯人である醍醐 光政の浮上。これで事件は解決に向かうと思われた。


「京橋!谷町!あの事件にはもう首を突っ込むなと命じていたハズだ!それをこんなに事件を掘り返して……面倒なことをしてくれたな」


とある一室に呼び出された京橋と谷町刑事は、事件の詳細を本部長から厳しく問い詰められていた。悪びれる様子もなく、京橋は反論する。


「お言葉ですが、私は間違ったことをしたとは思っていません。真犯人の存在を炙りだし、証拠不十分のまま投獄された新御堂 樹の冤罪を証明することができました」


「……あの事件はもう解決したんだ!それを今さら、「被害者は実は生きていて、容疑者は別の人物でした。無実の人間を電脳遊戯の刑にかけてしまいました」なんてことが世間に発覚した暁にはどうなる?警察や司法の信頼は失墜するぞ!」


「だとしても、それが正しいと思います」


「この売国奴が!警察組織を崩壊させる気か!」


意見を曲げない京橋に、顔を真っ赤にして激昂する本部長。

手にしていた水の入ったペットボトルを投げつけ、キャップが緩かったのか飲みかけの水が散乱する。思わぬ反乱因子の出現に取り乱した本部長は、ウロウロと歩き回り、落ち着きのない様子で語り始める。


「新御堂 樹には引き続き殺人犯として生涯を全うしてもらう。新御堂 結衣は秘密裏に殺害する。妹を殺した非道で残忍な兄のシナリオ、それでこの事件は終幕だ」


「本部長!アンタ……それでも警察か!我々のやろうとしていることが、人道に反していることだと思わないのか!」


本部長の口から出た言葉に絶望し、京橋も激しく異議を唱える。

だが彼の熱い想いは全く届かず、年齢を重ねてポストを築いた本部長は面倒そうに首を振るだけだった。


「俺よりもっと上が決めたことだ。俺だって普通じゃないとは思うがなぁ京橋、俺にも家庭があるんだわ。正義なんて概念の為に家族を犠牲にできねえよ」


「腐ってる。この判断を下したのは誰ですか!俺がソイツの前で直談判して……」


京橋が前のめりに訴えようとしている途中、本部長は静かに拳銃を抜いた。

その銃口は、京橋の心臓を真っ直ぐ狙っている。


「お前はもう少し賢い男だと思っていたよ。お前達は秘密を知り過ぎた。組織を搔き乱す行動を起こすようであれば、殺害する許可も下りている」


もう話し合いで解決する相手ではないと踏んだ京橋は、一目散に背中を向けて走った。同時に本部長の黒いピストルが唸る。

ドンッドンッドンッと小気味良く3発。京橋は家具などを盾に身を隠しながら、類稀なる運動神経で切り抜けて見せた。キンッと銃弾が跳ねる甲高い音。


「京橋先輩!あたしも行きます!」

「次から次へと裏切りおって……警察組織に巣食う蛆虫どもが!」


後を追うように飛び出した谷町だったが、本部長の銃弾が彼女の背中を貫いた。

無情にも急所を一撃。彼女は掠れた声を出しながら、血を噴いて倒れ込む。


「京橋を捕えろ!殺しても構わん!国家に反逆する、売国奴だ!」


本部長が無線で庁舎内の警察に通達する。

警報が鳴り響き、警察総出で京橋の確保に動いた。

その時、京橋が向かっていたのは結衣が保護されている部屋だ。彼女の存在を明るみにする訳にもいかない為、隠し部屋のようなところに極秘で匿われている。


(すまない谷町……護ってやれなくて。俺がこの国の腐敗っぷりを明るみにするんだ!新御堂結衣、いま助けに行くぞ!)


京橋は結衣が監禁されている部屋の扉を強引に蹴り飛ばす。

本部長の通達を受けて、既に銃を構えている警官たち。それすらも予測していた京橋はすぐに突入はせず、入口で発砲をやり過ごしながら顔を出しては、麻酔用のゴム弾で次々と殲滅させていく。


そして縛りつけられていた結衣の拘束を、ナイフを使って急いで解除する。

次の増援が雪崩れ込んでくるまで時間がない。手際よく、確実に。

アクション映画のような一幕に、結衣は目をパチパチとさせながら流れに身を任せていた。


「あの……刑事さんは?」

「詳しい話は後だ。ここにいては、君は殺されてしまう。俺と一緒に逃げて、お兄さんのところに会いに行こう」


ちょうど拘束を解き終わった時、京橋を追ってきた警察の声が聞こえた。


「いたぞ!この部屋の中だ!」

「マズい!もう来やがった!しっかり捕まっててくれ」


京橋は彼女を背中に担ぐと、両手で顔を覆うようにして窓ガラスを割りながら飛び降りた。部屋は庁舎の4階。京橋は驚異的な胆力で何事もなかったかのように着地し、停めてあったパトカーを乗りつけて華麗に庁舎から逃走することに成功した。



2人は人気のないカフェに辿り着くと、結衣に現在の状況がどうなっているのかを丁寧に説明した。結衣は光政に拉致されていた頃の記憶がほとんど失われており、皇后として電脳世界を闊歩していたことも知らないようだった。


「……ということなんだ。ニワカに信じられないかもしれないが、君はいま政府に命を狙われてしまっているんだ。難しいかもしれないが、俺は君の味方だ。信頼してもらって構わない」


「私のせいでお兄ちゃんが殺人犯になってるなんて」


結衣は自身の命が狙われているという事実より、樹が投獄されてしまって会えないということにショックを受けて沈んでいた。

そんな彼女の泣き顔を見ていると、危険を鑑みても提案せずにはいられない。


「……お兄さんに会いに行くかい?」

「あ、会えるの!?」


京橋が持ちかけると結衣は案の定、目をキラキラさせながら顔を上げた。

まずは彼女のケアが先決だろうと、京橋は電脳世界に飛び込むことを決意する。


「巷で流行っているVRゲーム『LIFE』と刑に使用されている『電脳遊戯』の世界が共通しているんだ。連絡を取り合えば、電脳世界で兄さんと再会することもできるだろう」


2人が計画を囁き声で話していると、テーブルに向かって近づいてくる1人の男がいた。結衣は勿論、京橋も面識がない。茶髪を伸ばした長身のモデルのような、ただならぬ雰囲気を漂わせる若い男性だ。

追手かもしれないと身構え、京橋は密かにジャケットの中で拳銃を握る。

だがその男は、開口一番に意外な人物の名前を口にした。


「捜したぞ。あんたがタツキの妹か、なるほどよく似ている。そっちの刑事さんも、俺のよく知るジンという男にそっくりだ」


「ど、どうしてお兄ちゃんの名前を!」


「なに、電脳世界で少し借りがあるだけだ。刑事さん、安全に電脳世界にフルダイブできる場所を探しているんだろ?俺が貸してやるよ」


その茶髪の男は、なにもかもお見通しという風だった。

確かに電脳世界に没頭するなら、見張り役は必須だ。それこそ光政の二の舞になりかねない。そこでこの男は、安心安全にVR世界に飛び込めるところを提供してくれるという。それが叶うなら、願ってもない。


「俺はこの街で巨大な自警団組織を作ってるんだよ。悪人は許さない。だが、それ以上に腐りきった警察組織はもっと許せない。お前達が電脳世界を彷徨っている間は、俺の組織の組員たちがしっかり護衛しておいてやる」


突然現れては、都合の良すぎる話を持ち掛けてくるこの男。ふたつ返事でOKしたいほど、怪しさ満点の好条件だ。

全く素性の分からない男を信用することはできず、京橋は身分の開示を求めた。


「陣と面識があるようだが、俺はお前のことなど知らない。名を明かせ」


「誇り高き帝国騎士……だったがもう辞めた。風帝様の正体は、俺が最も毛嫌いする悪党だった。皇帝陛下がいなくなった帝国にこれ以上、忠誠を誓う義理もない。ただ、その名残で皇后陛下に仕えるのも悪くないと思ってな」


「……すると、まさかお前が!」


「ジンから名前くらいは聞いているか?俺が、『ベルナール』だ」




———————————————————————


これにて第1部はお終いです!


私の妄想を書き殴っただけの、拙い文章をここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます!


応援してくださる方、感想や評価をくださる方はもっとありがとうございます!


風の帝国編で完結させるタイプの話の締め方も用意していたのですが、私の中ではかなり書いていて楽しい作品なので、第2部へと繋ぐ方向へ舵を切らせていただきました。


引き続き楽しんでいただけたらと思います。


今後とも、よろしくお願いします。



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