第31話 創造者とプレイヤー

「フウカ!いけるか?」


「まさか皇帝陛下に刃を向けることになるとは思ってもいませんでしたが……ここまできたら仕方ありませんね。垢BANは覚悟しておきます」


彼女が魔法を発動したのを合図に、帝国兵達と真っ向から勝負が始まった。

魔力や身体能力が上昇し、闘争本能が加速する。

即席で造り出した岩の盾で銃弾を弾き返し、驚異的な脚力で背後に回り込む。


「俺だって伊達に死線を潜り抜けてきてねえんだよ!」


「このガキ!いつの間に俺の後ろに!」


鎧が凹むほどの威力で背中を蹴り込み、鍛え抜かれた兵士をブッ飛ばす。


遠距離から樹を狙ってくる相手には、すかさず旋風銃を撃ち込む。皇帝護衛の手練れの兵士たちでも、まるで樹の相手にならない。


短時間で強敵と幾度も対峙し、戦闘の経験を積んできた。そこにフウカの魔法が後押しし、今の樹は誰にも止められない。


騒ぎを聞きつけて増援の帝国兵たちが大量に突入してきた。


電脳世界ならではか、武装した帝国兵たちは広間に大砲のような巨大な兵器すら持ち込んで、戦況は混沌と化す。


対魔獣用の帝国の秘密兵器だ。

周りを囲んで数人で操作を行い、樹に狙いを定める。


「照準ヨシ!超魔導砲出力準備ヨシ!発射だ!」


「俺はいま力が漲ってんだよ!ワラワラと群がりやがって、まとめて倒してやるよ。試したかった上級魔法だ!」


ジンから教わってはいたが披露する機会の無かった上級魔法。


魔法発動まで長めの運指の動作も随分と慣れてきた。しかし流石は上級。爪が割れ、指や腕に切り傷が入り出血。ただ、アドレナリンが多量に分泌されている今の樹には、そんな痛みなど取るに足らない。


「待ってろ結衣!俺がいま連れ出してやる!」

「撃てぇえええッ!」


帝国兵の号令に、漆色の長い筒上の兵器からは太い光線が放たれた。

時を同じくして、樹の上空から帝国兵の軍隊を埋め尽くす程の巨大な隕石のような物体が降り落ちる。


魔法同士の衝突。

超魔導砲の攻撃を完全に受け止めてなお、その隕石は重力に従う。


「おい!こっちに落ちてくるぞ!」

「魔法だ!魔法で撃ち落とせ!」

「……もう間に合わないです!」


超魔導砲の装置ごと叩き潰し、帝国兵を大量に再起不能にすることに成功した。


しかし流石は一国の軍隊。次から次へと湯水の如く、帝国兵が補充されていく。


「共闘なんて不本意だけど、こっちはウチが抑えとくからさぁ!皇帝気取りの二枚目を頼むよ!」


タカハシが珍しく声を荒げると、広間の窓ガラスが派手に砕けて飛び散った。何故なら、小型の龍が力強い両翼で突き破ってきたのだ。銅色の鱗に、しなやかな体躯。両翼を広げると5mにはなる。


「なんだあの龍は!どこから入ってきた!」

「いいから殺せ!対魔獣用の兵器の用意だ!」


突然の魔獣の侵入に城内は騒然。

龍が黒い喉を見せつけると、急速に魔力が集束する。

迎撃するは、帝国が誇る魔導兵器の数々。そしてお互いに発射の準備が整った。


「ウチの可愛いペットちゃんだよ!さぁ、暴れておいで~!」


「あの龍は雷女が操っているんだ!あの女から先に殺せ!」


続々と発射口がタカハシに向き、魔力の弾丸が次々に放たれる。


どういう理由か銅色の龍は飼い主に対してすこぶる忠誠心が高く、身代わりになるべくタカハシを庇う形で舞い降りた。鋼鉄を凌ぐ龍の鱗は、魔力弾を弾き返す。


「魔導兵器ではダメだ!魔法を使うぞ!」

「し、しかし!唱えるまでの時間の確保が……ギャァアアッ!」


主人を狙う者には明らかに敵意を剥き出しに、龍は帝国兵たちを蹂躙する。

タカハシやジンの働きにより、遂に風帝までの道が開き活路が見えた。


「見つけたぜ皇帝。どういうことか、真相を吐きやがれ!」


「……誰に向かってクチを利いてるつもりなんだか。僕はこの国の皇帝、この世界の『管理者』側の人間なんだ。咎人如きが相手になるなんて、努々思うなよ」


樹は挨拶がわりに旋風銃から弾丸を数発。

着弾と同時に鋭い風が弾ける為、回避が吉だ。

だが皇帝はその場を動かず、弾丸をその身に受けた。と思えば、軽々と肉体を突き抜けて銃弾は後ろの壁を抉る。


(どうなってんだ!?当たってないのか)


まるで身体が風そのもののようだ。

弾丸が通った穴は次第に収縮して元通り。痛がる素ぶりも血が出る気配もない。


「僕に攻撃は通らないよ。なにをやっても無駄さ」


皇帝の言葉を信じたくなかったが、どうやらそれは本当らしかった。


旋風銃が不発に終わったことで、大量の岩石が繋がった鞭のような武器を即座に造り出した樹。それを振り回し確かに皇帝に命中させたハズだが、空を切り裂いて空回り。あまりに手応えがない。


「……なっ!?完全にすり抜けた!?」


「僕の攻撃は風で形成されているからね。つまるところ、物理攻撃は全く効果がないんだよ」


「なんだよそのチート能力は!」


皇帝から繰り出された攻撃は空気砲を食らったようにずっしりと重く、岩塊を盾に受け流すも後方に数歩よろめく程だ。


自分の周りの敵を蹴散らしたのか、ジンが加勢に入った。


「どけタツキ!物理攻撃が効かないなら俺がその身体ごと凍らせる!」


彼が手を振るうと強烈な冷気が襲い掛かる。

皇帝の周りを凍てつかせ、床や壁に霜が降りる。しかし肝心の皇帝の本人の身体は、全く魔法の効果を受けていなかった。


「言っただろ?僕はこの『電脳遊戯』創設に深く関わった人間のうちの1人だ。この世界の全てを知り尽くしている僕に、単なるプレイヤーが太刀打ちできる訳ないだろう」


「ッ……なるほどな。道理で反則みてえな魔法を使う訳だ。でもだったら、なおさら結衣を狙う理由が分かんねえ!結衣とお前に何の関係があるんだよ!」


激しく啖呵を切った樹に返ってきた彼の答えは、想像を遥かに超える意外なモノだった。


「彼女は僕が人生で最も好きになった人だ。どんな手を使ってでも僕のモノに、奪ってでも手に入れたくなったんだよ。彼女はもう君の妹ではない。僕の最愛の妻として人生を添い遂げる『カレン』として生まれ変わったんだ。僕らの生活の邪魔をしないでくれるかな」


「そんな!そんな身勝手な理由の為に!俺を殺人犯に仕立て上げて、結衣を拉致したっていうのかよ!」


皇帝のあまりに自己中心的な動機に、樹は爆発しかねないほど憤慨した。

しかし皇帝は全く悪びれる様子もなく、爽やかな笑顔で毛先をクルクルと弄る。


「電脳遊戯の出資者は日本政府だからね。ある程度のことは札束叩いて揉み消せるんだよ。現実世界は息苦しいけど、この電脳世界はとても心地が良いんだ」


皇帝はしたり顔で饒舌に語り続ける。


「この世界なら僕に逆らう奴はいない。全員が僕より弱いし、全員が僕に平伏して言うことを聞く。ずっと憧れていたカレンを独り占めできる。むしゃくしゃしたら咎人をブチ殺して発散すればいい。最高だよ、まさに僕の思い描いた理想郷だ!僕はこの国の王を譲るつもりも、カレンを渡すつもりも断じてないんだよ!」


皇帝が人差し指を光らせ、指先から螺旋回転する白い光線を放つ。


パッと一瞬で放った魔法が速度、威力ともに最高レベル。大気を切り裂き、城を揺るがすほどの衝撃。白い軌跡は、城内を制圧していた銅色の龍の心臓を射抜いた。


龍の野太い断末魔の後に、巨体が地面に墜つ音が響き渡る。





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