第32話 皇帝の裏側

——京都市左京区下鴨。


「京橋先輩!本当にこんなところに、例の女子大生殺人の真犯人がいるんですか〜?」


「あぁ。あの事件はあまりにも証拠が少ない。にも関わらず、新御堂 樹を犯人だとすることに誰も異を唱えなかった」


「それってつまり、どういうことですか?」


「警察組織が、なにかを隠蔽したがってるってことだ。俺の弟も昔、似たような事件に巻き込まれたことがある」


出町柳から歩きながら徐々に北上。

近くには京都御所や賀茂川が構えるこの周辺は上品で気高く、とても風流な街並みだ。京都市内では有数の高級住宅街だ。


そんな風景を横目に、かなり殺気だった雰囲気の刑事である京橋と、対照的に能天気で明るいタイプの女性刑事、谷町の2人が颯爽と歩いていく。


「でも先輩、真犯人の情報なんて何処から?この事件の捜査はもう打ち切られていたハズですよ?」


「電脳世界だ。俺の弟が、教えてくれたのさ」


閑静な通りに足を踏み入れると、ドンと異質な存在感を放つひときわ大きな建物があった。


表札には『醍醐』の文字。電脳遊戯の世界からジンに教わった男の苗字と同じだ。


この敷地の大きさから、並の金持ちではないことはまず明らかだ。2人の刑事はインターホンを無視して、そのまま断りもなく庭に侵入する。枯山水の庭園に、飾られた盆栽。庭には相当の拘りが見える。


京橋が玄関の戸を叩くと、明らかに堅気ではない匂いのする黒服の男達が2人を迎えた。


「なんの用だァ?テメェら、ここがどこだか分かってんのか?」

「警察だ。捜査令状が出てる。家の中をくまなく見せてもらうぞ」


京橋は偽造した捜査令状を突きつけて有無を言わさずに押し切ろうとしたが、相手も金で雇われた用心棒。そう簡単に「はいどうぞ」と通してはくれない。

眉間にシワを寄せて、用心棒の黒服たちが凄む。拳には青筋が浮かび上がっており、歓迎されていないのは火を見るよりも明らか。


それでも京橋は物怖じせず、令状を押しつけるように黒服を突き飛ばして強引に突入した。この強行突破には、用心棒として流石に看過できない。


「刑事さん、やり過ぎちゃいけねえよ。退き際は見極めねえとな」


奥から現れた黒服の1人が懐から漆黒のピストルを取り出して牽制する。

付き添いの谷町なんかは、訪れた修羅場に顎をガタガタ震わせている。銃口を向けられては、普通の人間は身動きができない。


――普通の人間であれば。


「銃が怖くて刑事が務まる訳ないだろう」

「動くんじゃねえ!撃ち殺されてえのか!」


緊迫した空気の中、重心を低くした京橋は一瞬で射程圏内に接近した。男が威嚇射撃に引き金へ指を添えた時、京橋の強烈なハイキックが銃を構えた手首を砕く。持ち主を離れたピストルは、弧を描いてから木造の床を滑った。


「痛ッ!お前等なにボーッとしてやがる!コイツ等撃ち殺せ!」

「死……死ねぇッ!この糞ポリ公が!」


次々と銃を構える黒服達だが、韋駄天の速さで駆ける京橋になかなか照準を合わせれれない。誤射すれば味方をブチ抜く恐怖。怯んでいる隙に1人また1人と用心棒は薙ぎ倒されていく。


「この女刑事がどうなってもいいのか!」


残り少なくなった用心棒の1人が、谷町の首を絞める形で人質に取ったのだ。

黒髪をふたつ結びにした頭のコメカミに銃を突きつけ、脅しつける。

だが、ひとつ計算が狂った。

それは、彼女もまた勇敢な刑事であったということだ。


「先輩!銃を向けられたら撃ってもいいって聞きました!」


ベソをかきながらも強かに。仕込んでいた銃を華麗に取り出し、用心棒の男が気付く暇も与えないまま脳天をズドン。概ねカタをつけたのは京橋だが、彼らはたった2人で完全に制圧してしまった。


「上出来だ、谷町。コイツ等にはハナから用はない、先を急ぐぞ」


「はい先輩!それにしても……すっごい豪邸ですねぇ。ここに住んでる醍醐って方は何者なんですか?」


「電脳遊戯の開発に大きく携わった医療機器メーカー『GODAIGO』の御曹司、醍醐 光政という男だ。会社の経営には一切かかわらず、親の金を食いつぶしながら自身は電脳世界に籠りきりだそうだ」


「へぇ~!つまり典型的なバカ息子ってことですね!」


2人はそのまま、最奥の大部屋へと辿り着いた。

ここまで醍醐 光政の姿はない。ジンの情報に誤りがなければ、標的はこの先にいることになる。


京橋は拳に力を込めて心の中で気合いを入れると、ドアを蹴飛ばして突入した。


「警察だ!観念しろ!」


ド迫力の登場だったが、意外にも反応は静かなモノだった。

見たことがないような巨大な精密機器に、数えきれない配線の数々。薄暗がりの部屋をカラフルなLEDでライトアップさせた目に悪い空間。


そこにいたのは、頭にVRの機器を着けたまま背を向けて『LIFE』に没頭する男と、同じく機器を装着した状態で椅子に縛り付けられた1人の女性の姿だった。


「谷町、彼女の保護を頼む。俺はあのバカ息子に、聞かなければいけないことが山ほどあるんだ」


京橋は背後から堂々と近づいていく。光政は電脳世界にフルダイブしている為、ドアが開いた音も近寄る足音も聞こえない。京橋は夢中になっている彼の頭から力づくでVR機器を取り外して、床に投げ捨てた。


これには光政も驚いた。何事かと目を丸くして振り返り、見知らぬ男の存在に素っ頓狂な声を上げてゲーミングチェアから崩れ落ちる。


「なっ!なんだお前は!どこから入ってきた!?」


「騒ぐな、警察だ。しかし電脳世界で皇帝を名乗っている男が、こんなに冴えないツラをしているとはな」


「護衛はどうした!僕が雇った黒服の用心棒はなにをしてる!」


「吠えるな。お前は俺の質問にだけ答えていればいい」


取り乱して喚く光政に拳銃を突きつけ、強制的に黙らせる。

光政は生涯にわたって怠惰な生活を続けていた証拠が身体に出ていた。刑事として凌ぎを削ってきた京橋の拘束から逃れることは、万にひとつも不可能だ。

京橋の殺気は本物。光政は彼の命令に大人しく従うしかない。


「まず最初の質問だ。電脳遊戯の世界でお前が皇帝になれた理由は?」


「電脳遊戯の開発にあたって大きく携わった5人に電脳世界で国を統治する権利を分けることにしたんだ。僕の父親、現法務大臣、警視総監、『LIFE』を開発したゲーム会社『DeNoU』の社長、そして最後は僕も知らない謎の個人の大富豪だ。僕の父親は電脳世界には興味がなかったから、僕が譲り受けたんだ」


「……その話本当か。道理でお前の悪事が明るみに出ない訳だ」


「当たり前だろ!僕は警察のトップと繋がりがあるんだ!なんだって思いのままさ。彼女も手に入れて、つつましく2人電脳世界で暮らしていたのに!お前はその幸せを壊したんだ!」


この期に及んで被害者面を続ける光政に、京橋の怒りは頂点に達した。

京橋は肌の荒れた光政の頬を殴りつける。衝撃で身体が跳ね、光政は電子機器の巣窟に転がり込んだ。


「おい屑野郎。お前と新御堂 結衣の出会いはなんだ。なぜ彼女を攫い、兄を殺人犯に仕立て上げた」


「……そんなの、深い意味なんてないよ。街で見かけてひと目惚れさ。僕の落とし物を拾ってもらって、僕に笑いかけてくれた。その瞬間に、僕は彼女を一生自分のモノにすることを決意したんだ。彼女を調べていくうちに、兄の存在が邪魔だと思った。だから殺人犯として投獄した。彼女も死んだことにしておけば、ずっと僕と一緒にいる上で都合が良いんだよ」


「吐き気を催すほどのクズ野郎だ。……じゃあ質問を変える。京橋 陣が電脳遊戯の世界に投獄されるようになったのも、お前の差し金か?」
















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