第29話 蝶々

「そんな、まさかあの魔導爆弾を1人で受け止めるなんて……」


鼓膜が吹き飛びそうな轟音とともに、バッグの中に仕込まれていた爆弾が火を噴いた。ベルナールは咄嗟に自身の肉体で覆い、被害を最小限に止めるよう動いたのだった。


城壁や庭の一部は消し飛んだが、それでも当初予定していた被害の8%程度に収まった。

ベルナールの鎧は破壊され、身体は激しい火傷を負っている。意識こそあるものの、瀕死と言って差し支えないだろう。

それでもなお彼は不屈の闘志で立ち上がり、フラフラと歩き始める。


「俺は……事態を風帝様に伝える。どうせ仕掛けた爆弾も……ひとつだけじゃないのだろう。アシュリー。お前は……自分が今なにをするべきか……考えて動くことだな」


「ベルナール様……」



——教団アジト。



「聞こえたでしょう?風帝城を破壊する巨大な爆弾が奏でる音色です。悪党が滅びる音は、うっとりしてしまいますね」


センシュウは躊躇うことなく起爆スイッチを押した。ハッタリだと吠えていた樹達も、ここ第8地区まで震えるような衝撃を聞いては信じざるを得ない。


「本当に爆破しやがったのか!」


「なに、風帝城の敷地は広いですから。今のでは3割程度しか壊せていません。ここに残り2つの起爆スイッチがあります。これ以上、我々に危害を加えるようなら風帝城は更地となるでしょうね」


皇帝に対して恩義などない。

むしろ、この理不尽で歪な国を支配している親玉だ。樹にとっては爆死しようが関係ない。


しかし、連れ添っている皇后がいる。

それが樹の妹である結衣であるのだから、なおさら話が変わってくる。例えゲーム世界の中での死亡だとしても、せっかく掴めそうな手がかりを手放すわけにはいかない。


「待て……。城には俺の妹がいるんだ」


「ほう。感動の再会をしたいと?しかし、咎人の言うことには耳を貸すなというのが神からのお告げですからね」


牙を抜かれた狼のように、途端に大人しくなってしまった樹達。


結衣が人質になっている以上、迂闊に手を出さないのはタカハシも同じだった。

咎に堕ちてしまった彼女でも、十数年来の恩人をみすみす見殺しにはできない良心が残っている。


センシュウは彼らが無力化されたと知るや否や、口角を曲げて接近する。


「まずは貴様だクソ女ァ!神の代弁者たる私に!貴様のような排除されるべき社会のゴミが!怪我を負わせやがって!」


センシュウはタカハシの華奢な首元を掴み、殴打を繰り返す。たまに残りの起爆スイッチをチラつかせ、先の爆破を想起させる。この男に宿る狂気は、本当に城ごと吹っ飛ばしかねない。


「すぐに殺しはしないですよ!じっくりと痛めつけて、本当の地獄をお見せしないとね……」


彼女の暗めの髪の毛を乱暴に掴み、何度も膝蹴りを喰らわせる。無防備なタカハシは咳き込みながらも耐え続け、一切の反撃をしなかった。



「やめろ!それ以上、手を出すんじゃねえよ!」


「喋るなガキ!貴様のような下等生物が神聖なる私に指図するな!城を吹き飛ばすぞ!」


「ウチは大丈夫だから……痛みには慣れてるし」



執拗に暴行を加えるセンシュウ。

樹がなにを言っても効果はない。むしろ火に油を注ぐように激昂し、風帝城を盾に更にエスカレートする。


指を咥えて見ているしかできないもどかしさ。

樹が自分の無力さに気が狂いそうになっていた、そんな時だった。


どこから入ってきたのか、金色に輝く鱗粉を撒きながらヒラヒラと舞う蝶々。

一瞬、樹らが目を奪われると、その奇妙な蝶々は光の粒となって華麗に飛び散った。

不可解な出来事だったが、差出人の意図はすぐに汲み取ることができた。

樹やタカハシの脳内に、否応なしに流れ込んでくる情報。

差し詰め伝書鳩ならぬ伝書蝶というところだろう。蝶の姿を借りただけの、魔法による情報伝達手段のひとつだ。


『――皇帝陛下から命を賜った咎人へ。

 風帝城で爆発した爆弾は、ベルナール様が身を挺して守ってくださった。

 残り2つの爆弾についても帝国の軍隊を総動員して既に発見し、無力化に成功している。幸運を祈る』


耳を疑うような内容の情報。

本当であればこの危機を救う起死回生の一手だが、差出人が分からない以上は騙されている可能性もある。樹が状況を整理しようと考えている時には、タカハシがもう動いていた。


「なぁんだ。勤勉な帝国兵さん達が爆弾を無力化したんだって~」


「なに!?ハッタリに決まってる!あの爆弾を解除できる仕掛けを私が教えているのは、教団内でもひと握りの者だけだ!」


「ハッタリかどうかは……押したら分かるでしょ!」


今までサンドバッグと化していた彼女が、突然牙を剥いた。

一瞬で紫電を帯びた拳で渾身の一撃。センシュウの顎を真下からカチ上げる。

ゴッという鈍い音と、不意を突かれた情けない呻き声。

唇でも切れたのか、センシュウの口から紅い血が垂れる。


「貴様ァ……どうやら城を爆破されるのをお望みらしい」


「どうせなに言っても赦してもらえないでしょう~?じゃあもう、どの道一緒かって思っちゃってさ」


「風帝城を壊し、皇帝や罪のない国民も殺したのは貴様だ咎人。地獄で後悔するといい」


センシュウが両手にそれぞれ起爆スイッチを持ち出すと、彼は左右の親指で赤く光るスイッチを力強く押し込んだ。

しかし、数秒経っても爆発音は聞こえない。

彼の表情から物語るに、不発だったのだ。


「なっ!?なぜ爆発しない!おかしいだろう!」

「ウチも誰の仕業か知らないけど、これで心おきなくアンタを殺せるってわけだ」


先ほど顎を砕いた彼女の右腕は、さらに激しく勢いを増した紫の雷光に包まれる。

タカハシの殺気は本物だった。それを感じ取った樹が、声をかける。


「あんなクズ野郎、俺がやってやるよ。汚れ役は男が被るもんだろ」


「強がってるのバレてるから。タツキくん、誰かを殺したことないでしょ?現実世界でも、この世界でさえも」


「……なっ、なんで分かる」


「殺しを経験してる人の目は、そんなに純粋じゃないからね。こんな業を背負うのはウチ1人で充分。正真正銘、この手で親を刺し殺してるんだから」


皮膚が見えない程に稲妻が走る右腕を伸ばし、照準を合わせる。

その先には勿論、センシュウ。彼も魔法を察知してか、対抗策に出る。


「もう勝った気でいるようですが、私の魔法の実力を侮ってもらっては困りますね。私は超一流の……えっ?」


センシュウは魔法を撃つその一瞬の隙さえ与えてはもらえなかった。

空間を切り裂くバイオレットの閃光は、的確に彼の心臓を射抜いていたのだ。










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