第28話 帝国騎士の矜持

「貴様らのような粗末な頭脳でも、これが何かは察しがつくでしょう」


立ち上がったセンシュウは、不敵な笑みを浮かべて小型の機器を片手に見せつけた。

黒い箱型の土台に赤色のスイッチ。彼の口ぶりから、起爆スイッチの可能性が高い。


「テメェ……爆弾か。どこに仕掛けた!」


「神の意向に背いた帝国の象徴を破壊してあげようと思いましてね。風帝城を吹き飛ばす程の威力はありますよ」


センシュウはボタンの上に親指を添えて脅しをかける。それに対して、タカハシは小馬鹿にしたような口調でハッタリだと反論した。


「風帝城の警備がどれだけ手厚い知らないの〜?こんな胡散臭い教団の末端が、気軽に爆弾置けるほどザルじゃないでしょ」


「無知は罪ですね。私達の教団の規模を、どうやら理解できていない。帝国軍の中にも教団員は存在するのですよ」



——風帝城周辺。



「仕掛けた爆弾がバレてないか、確認しておかないと……」


胸に風の帝国の印を刻んだ、露出の激しい鎧で武装した女性の帝国騎士が人目を気にしながら、城内の目立たない窪みを確認する。

そこには黒の巨大なハンドバッグが植木の裏に隠されていた。厚化粧の女騎士はソレを一瞥するとホッと安堵し、足早に立ち去ろうと急いだ。


しかし、彼女の不審な行動を盗み見ていた人物が、スッと彼女の進路を塞ぐように阻む。


「アシュリー、久しぶりだな。何をしていた?」

「べ……ベルナール様……!?」


アシュリーと呼ばれた厚化粧の女騎士は露骨に狼狽していた。

観察眼が鋭いベルナールがそれを見逃すハズがない。ましてや、かつて一緒に翔龍を討伐するのに組んだ程のよく知る仲間だ。ベルナールは続けて追及する。


「不審な動きをしているのは以前から分かっていた。そこになにを隠している?そんな場所を見回りする必要などないハズだ」


「い……いえ、これはその……」

「そこを通せ。確認させてもらう」


図星を突かれて血の気が引いていくアシュリーを押しのけ、植木の裏のハンドバッグを発見した。妙に角ばっており、普通の荷物が入っていないことは明らかだ。

ベルナールが手に取ろうとした時、彼女から厳しく制止が入った。


「ベルナール様!それには触れないでください。この城を吹き飛ばす威力の爆弾が、そこには入っていますから」


「……なんだと?お前、本気で言っているのか?」


あまりに突飛な展開に信じることができない。

ベルナールは再度、中身を確認しようとバッグに手を伸ばしたが、強引に彼女から叩き落とされた。


「少しの衝撃でも爆破されるように設定されているんですよ」


「その顔、本当なんだな? ……お前が仕掛けたのか」


「えぇ。アタシの心はとっくにもう帝国にはありませんから」


「貴様!帝国騎士まで登り詰めておきながら、恩を仇で返す気か!誰の差し金だ」


「風帝様の時代はもう終わり。これからはセンシュウ様が皇帝となり、悪の蔓延しない理想郷を創り上げていくのよ」


恍惚とした表情でそう語る彼女の瞳には、風帝への忠義は残っていない。

部下の豹変ぶりに絶望したベルナールだが、擁護はできない。

彼の最優先は言わずもがな皇帝だ。テロリストに堕ちてしまった彼女を、確実に討たなければならない。


「アシュリー、残念だ。聡明なお前が、このような愚行に走るとは」


「アタシも残念。風帝様が咎人を頼るような真似をするなんて……失望したわ。『咎人は断じて救われるべきではない』と、アタシにそう説いてくれたのは他でもない貴方じゃないのベルナール様!」


「アシュリー。お前が崇拝している男も、同じ咎人であるハズだが?」


「……センシュウ様をその辺のゴミ屑どもと一緒にするなァッ!!!」


アシュリーは顔に修羅を憑依させ、声を荒げた。

その豹変ぶりは、帝国騎士として長年連れ添ったベルナールでさえ見たことのない程の、怨嗟が混じった慟哭。今の彼女には、なにを説いても無駄だと悟った。


「すっかり狂ってしまったようだな。残念だ、お前をこの手で斬る日が来るとは」


ベルナールは腰に帯刀していた刀をゆっくりと抜き、チリンという微かな金属の掠れる音を鳴らす。そして切っ先を彼女の方に向け、そこに迷いのない殺意を込める。


「アシュリー、帝国への反逆罪で処刑する」


「アタシを殺したところで教団は止まらないわよ。風帝城は破壊され、教団が悪を駆逐する未来はもう変えられない。それを邪魔するなら、ベルナール様。貴方であろうと容赦はしないわ」


彼女も自慢の長槍を手にクルクルと回して、迎え撃つ。


――帝国騎士とは、『LIFE』という電脳世界で武と魔法を極めた者のみが皇帝に選ばれ辿り着ける境地である。


ベルナールが剣をひと振り。刀身には深紅の業火が纏っている。

剣から放たれたのは、激しく燃ゆる火の鳥だった。意志を持つかのように空を舞う鳳凰は、そのままアシュリーに襲い掛かる。


「甘く見られたものね。その魔法はずっと傍で見ていましたよ!」


槍をクルクル回しながら器用にも指を重ね合わせ魔法を発動する。

槍を包むように旋風が巻き起こり、鳳凰の身体を突き刺した。怒涛の暴風に真っ二つに裂かれた鳳凰は、そのまま左右に散る。


目を離した隙にベルナールは背後へ回り込んでいた。気配に気づいた彼女は振り向きざま遠心力で強烈な一撃を見舞うが、それは剣で受け流された。


それからは互いに一歩も譲らない。

刀身が衝突する甲高い音が響き、一瞬の油断が勝敗を決するほど拮抗している。


「腕を上げたなアシュリー。ここまで食らいついてくるとは」

「いつまで上だと思ってんのよ!」


彼女は弧を描くように槍を大振り。飛び退くようにして回避するベルナール。剣の間合いから僅かに遠い。歴戦の勘で見極めたアシュリーは、ここぞとばかりに魔法を撃った。


風属性の中級魔法。攻撃の合間を縫ったような僅かな時間にもかかわらず。

風の刃が高速に回る車輪のような凶器を造り出し、それをブン投げる。

ベルナールは避けてもいいハズだったが、わざわざ剣で弾いてみせた。


(まさか爆弾に衝撃を与えない為に?確かに……爆弾に近づかないように、ずっと誘導されてた?)


互角以上に戦っていたつもりが、ベルナールの手のひらの上で踊らされていたことに気づいた彼女は唇を噛んだ。



——その時。



ハンドバッグから不穏な音が聞こえる。


カチッ。カチッ。


ベルナールは思考を高速で巡らせる。


(爆弾には間違いなく触れていない。だがこの音、魔力のうねり、間違いなく……。だとすれば、どこかで起爆スイッチを押した奴がいる!)


事を察したベルナールは動いた。









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