第38話 隠れ家にて

「遂に水の国に上陸か。ここが水の国の諸島の中でもメインとなる蒼瑠璃島……面積こそ広くはないようだけど、栄え具合は翠嵐並みだな」


「首都の蒼瑠璃は人口密度も高い。これより先は、さらに隠密行動だ」


咎人である以上、都市部を歩くときは常に油断は禁物だ。


闇に隠れても、互いの頭上にはプライバシーが赤裸々に映る。


『タツキ』

善行レベル2

罪状……実妹の殺害。

所持金……62,300円

懸賞金……21,600,000円


『ジン』

善行レベル3

罪状……交際女性、その他男性3人の計4人を殺害。

所持金……361,000円

懸賞金……14,500,000円


皇帝直々に受けた依頼を見事に達成し、善行レベルも一時的に上昇した。


しかし、風帝の正体を暴き挙句には風の国を崩壊に導いたことで、善行レベルは横ばい。懸賞金は大きく上昇を見せた。


そして樹に関しては、結衣が指名手配に選ばれたことも関係して懸賞金が10倍に跳ね上がったのだ。


「ジン、どこで落ち合うんだ?夜とはいえ人は多いし、俺らみたいなのが数人で集まってたら危険じゃないか?」


「それは間違いない。今や俺達2人の懸賞金で立派な家が建つ、血眼になって狙ってくる連中は多いだろう。……おっと、兄貴からだ」


通信機を手にしたジンは、巨大な街灯の裏に隠れて小声で連絡を取り合う。

手短に通話を済ませて戻ってきたジンは、目的地を伝えた。


「兄貴から位置情報が送られてきた。ここからそう遠くないBARにいるらしい」


「BARだって?そんな人目につきそうな場所にいるのかよ」


「情報によると、咎人が運営している咎人向けのBARとのことだ。この国は咎人でも更生の意思があれば、革命軍からの支援がある。そういう意味では翠嵐よりもいくらか生きやすいか」


ジンは与えられた座標の樹を誘導する。

人目に触れないよう極力素早く、迂回しながら道を選びながら。


とある怪しい路地裏を入ると、地下に繋がる薄汚れた階段。降りた先には、『立入禁止』と×を描くようにテープが貼られている。


「ジン、本当にこの場所か?」


「間違いない。事情を知らない咎人以外の人間が紛れ込まないように、敢えてこういった掲示をしているんだろう」


テープで雁字搦めにされた鉄の扉を開けると、中は仄暗い照明が設置された洒落た空間だった。丸椅子には結衣達が並んで座り、カウンターを挟んでバイオリンを演奏するマスターらしき初老の男。


「おやおや、お友達が来たみたいですよ」


初老の男が入り口に目配せし演奏を止める。

振り返った結衣の顔がみるみる明るくなり、樹の元へ一目散に飛び出した。


「お兄ちゃん!会えてよかった……!」


「結衣、久しぶりだな。元気してたか?」


「うん……うん……この2年間、色んなことあったんだよ。お兄ちゃんに伝えたいことが沢山あるの」


「そうか、そうだよな。なんだって聞くぜ。いっぱい迷惑かけたよな、ごめんな結衣」


結衣と樹は熱く抱擁し、互いに涙を流した。

特に結衣は、言葉にならない嗚咽でしばらく話すこともままならず、ただ血の繋がった体の温もりを感じるに徹していた。


熱い兄妹の絆を後ろに、もう一組の兄弟も再会を果たしていた。


「兄貴、無事だったか。指名手配されたと聞いた時は驚いたが」


「気にするな。これで晴れてお揃いだろ?」


京橋は自身の頭上に灯る橙の炎を指差して笑った。

久しい再会で彼らが話に華を咲かせている間、残されたベルナールは1人しっぽりとカウンターで酒を飲む。そんな彼に、初老のマスターは気さくに話しかけた。


「ベルナールさん、貴方はご兄弟などは?」


「いないな。というより、いなくなった」


「おっと、それは野暮なことを聞いてしまいましたな。失礼いたしました」


「別に構わない。それよりさっきの話だが……」


ベルナールは煙草を咥えて火を点け、煙を吐く。

するとようやく、戻ってきた樹がベルナールの存在に気づいた。


「えっ、おい!お前、ベルナールじゃないか!どうしてここに」


「今さら気づいたか。お前達のおかげで帝国騎士団も壊滅だ。ただ、真実を暴いてくれたお前達には感謝している。今俺がここにいるのも、その恩返しのつもりだ」


「よく分かんないけど、とりあえず味方でいてくれるなら心強いぜ!これからも頼むな」


5人の顔合わせが済み、酒の量が増える。周りはすっかり祝福ムードだが、ベルナールは淡々とマスターに尋ねるのだった。


「俺達は団欒する為に集まった訳じゃない。最終的な目的は、樹の冤罪を晴らして腐った政府を倒すことだ。なにか使える情報はないか?」


「そうですな。それで言うと、水の国には『データログ』が管理されています」


「データログ……?なんだそれは」


「簡単に言うと、この電脳世界にログインしている人間の個人情報を全て管理・記録しているモノです。それを上手く使えば、或いは」


「なるほどな、良いことを聞いた。確かに、現実世界ではいくら俺たちが警察や政府の闇を主張したところですぐに潰されてしまう。ただ電脳世界で主張するならどうだ?可能性は全然ある」


問題はデータログの場所だ。

これほど重要な代物であれば、相当厳重な管理を強いられているハズだ。


「それは何処に在る?」


「私も詳しくは存じ上げませんが、噂では蒼瑠璃城、つまり国王オウキの根城に固く保管されていると聞きます」


「やはりそうか。結局、国とドンパチするのは避けられないって訳だ」


彼らの次の目的が定まった。

ただ、5人で正面から乗り込むには勝算が薄い。

水の国の軍事力は、風の帝国に負けず劣らず屈強なものだ。


「まずは革命軍とやらに接触して、味方につけておいた方が後々良さそうだな」


ベルナールはフゥと煙草の白煙が混ざった溜め息をつくと、マスターに追加で酒を注文した。

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